2012年10月31日水曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第11回運命の分かれ道を見ました


 冒頭から回想のシーンが流れています。そして、良仙の声でナレーションが…「万二郎は綾と再会するが、兄の仇と命を狙われる…その後、綾は兄が残した借金の形に取られ、苦界に身を沈めた…万二郎と私は、何とか金を工面し、綾を助け出したが、綾は頭を強打し、喋る事も体を動かす事も出来なくなってしまう…」と…

 元治元年(1864年)八月、万二郎は植物人間と化した綾の看病をしていた。万二郎は、綾の体を抱きかかえながら重湯を取らせていた。万二郎は綾に「綾さん…俺は明日出陣する…長州に行くんだ…待っていてくれ…必ず戻る…」と話しかけます。しかし、綾はなんの反応も示しませんでした。その様子を襖の影からおとねが見つめていました。おとねの表情は、暗く沈んだものでした。

 明くる朝、おとねは、万二郎の出陣に際して、万二郎に陣羽織を着せていました。ここで良仙の声でナレーションが入ります。「元治元年(1864年)八月、長州の京への侵攻に対する反撃として、幕府は長州征伐の為に幕府軍と諸藩の兵を送ることになった…」と…

 万二郎とおとねは、座敷に向かい合って座っています。万二郎は、両手を付いて一礼します。おとねは、万二郎に「万二郎…くれぐれも気おつけて…」と言います。万二郎は「きっと、怪我一つせずに戻ります…それより、綾さんを頼みます…」と言います。おとねは、万二郎の目を見ながら「分かりました…」と答えました。万二郎はおとねの顔を見ながら「では…」と言いました。ここでテーマ音楽が流れ始め、陽だまりの樹、第十一回~運命の分かれ道~と幕時スーパーが流れました。

 

 その日の夜、綾は目を開けたまま、座敷に敷かれた床に寝ていました。おとねは、行燈に火を入れていました。おとねの様子は、万二郎がいなくなったせいか、白々しいものでした。おとねは、寝ている綾に「私の顔が見えるかい…私の声が聞こえるかい…聞こえるなら良くお聞き…万二郎は私の息子です…そなたに渡しなどは致しません…そなたは、私の夫の仇の妹…私は、そなたを気の毒とは思いません…当然の酬いの天罰と思います…いいえ、私はもっと…もっと、もっと罰をそなたに加えましょう…そなたは飢えて死ぬのです…やせ細って、やせ細って、骨と皮となって死ぬのです…私は、もう二度とそなたに食事は作りません…欲しくば、声を出して呼ぶが好い…立って厨に行って食べるが好い…どちらも出来まいが…」と話しかけました。おとねの顔には、憎しみのこもった夜叉のような微笑みがありました。

 

 万治元年(1864年)十月、万二郎は、休憩をしながら握り飯を食べていました。兵達も思い思いに座って、握り飯を食べていました。そこへ、二人の兵を引き連れた武士が遣って来ました。武士は、万二郎に「伊武谷どん…暫くでごわすのう…」と話しかけます。万二郎は、床几から立ち上がると「西郷さん!…ああ…参謀…」と言うと、西郷に一礼をしました。西郷は「何を苦しい…西郷でよか…おはんも御健在で何よりじゃ…」と言います。万二郎は、驚いた表情で西郷の顔を見つめながら「噂では、あなたはあの大獄に連座し、島流しにされて、溺れ死なれたと…」と言います。西郷は「死んだのは、おいどんの同志、月照ちゅう坊主じゃ……伊武谷どん、お互い長生きはしとうごわすのう…おはんには、いろいろと話したい事がごわす…大阪でゆっくりやりもうそう…」と言います。万二郎は、一礼すると「はい…」と答えました。西郷は、万二郎の形をポンと叩くとその場を立ち去りました。

 その時、万二郎が以前から育てた兵が立ち上がり「隊長!」と声を掛けます。すると横にいた別の兵が心配そうな顔で「おい!…」と止めに入ります。しかし兵は、万二郎に「ちょっと伺いたい事があるんですが…」と言います。万二郎は、兵の顔を見ながら「何だ…」と言います。兵は、万二郎の顔を覗き見るようにして「隊長が、真忠組の首領の女を見初めて、お宅へ匿っているという噂…本当ですか…」と聞きます。万二郎の顔が曇りました。万二郎はどう説明すべきか考えながら「それは…」と言うと、横にいた別の兵が「嘘に決まっている…」と言います。万二郎がその兵の顔を見ると兵は、座って握り飯を食べている新入りの兵達を睨みつけるようにして「奴ら、でたらめばっかり言いやがって…」と言います。すると、新入りの兵の一人が、手に持っていた爪楊枝を投げ捨てて「でたらめなんかじゃない!…岡場所にいたのを隊長が身受けしたんだ!…」と言います。すると横に座っていた別の新入りの兵が「そうだ!…」と相槌を入れました。すると古参の兵の形相が変わり「てめい!…いい加減にしろよ!…」と言うと、腕をまくり上げて殴りかかろうとしました。その時、万二郎は大声で「やめい!…」と命じました。兵達の視線が一斉に万二郎に注がれました。万二郎は「出立だ!…さっさと支度しろ!…」と言いました。すると他の兵達が「はい!」と返事をして立ち上がり、出立の準備に取り掛かりました。古参の兵は、新参者を睨みつけていました。万二郎は、古参の兵に「つまらん事で喧嘩するな…」と言います。古参の兵は、振り返って万二郎の前に立つと深く一礼をして「申し訳ありません…ですが、今回徴集されたあいつら、ゴロツキみたいな連中で…」と訴えました。万二郎が新参兵に視線を合わせると、確かに素行の悪そうな姿をしていました。

 

 江戸では、良仙が綾の往診に来ていました。良仙は、綾の目の前で手のひらを振ったりして、様子を見ているのですが、何の反応もありませんでした。おとねは、その様子を見ながら「いかがですか…」と尋ねます。良仙は、綾の様子を観察しながら「うん…変わりありませんね…」と答えました。おとねは良仙に「可哀想に…」と言います。良仙は、桶の水で手を洗いながら「で…少し、痩せたようですが…ちゃんと食事は取っていますか…」と聞きます。おとねは、素知らぬふりをして「はい…」と答えました。良仙は、診察が終わると、帰る前に玄関口で立ち止まり、笑顔を見せながら「また来ます…万二郎に頼まれましたから…」と言います。おとねは、頭を下げながら「よろしくお願いします…」と答えました。良仙の心は、何処かさえない様子で「では…」と言うと帰って行きました。すると、今までニコニコと笑顔でいたおとねの顔が、急に冷たい顔に変わりました。おとねは、寝ている綾の元に歩み寄ると立ちながら「どうじゃ…餓じかろう…苦しかろう…けれどそなたは、自分の食べ物を探す事も出来ない…人に助けを求める事も出来ますまい…もっと痩せるが好い…もっともっと痩せて、飢えて死ぬが好い…」と言いました。

 

 大阪では、万二郎は西郷の部屋に呼ばれて、酒を酌み交わしていました。西郷は「左様か…水戸に一年半も…伊武谷どんも苦労したんじゃのう…」と言います。万二郎は「何とか、生きながらえました…」と答えました。西郷は頷くと「そん、生きながらえた命をおいに預ける気はなかか…」と言います。万二郎は、あまりの言葉に驚いて声が出ませんでした。西郷はさらに「以前にも言うたが、伊武谷どん…薩摩に来もはんか…」といます。万二郎は、西郷の目を見つめながら「陸軍を辞めろという事ですか…」と尋ねました。西郷は「おいどんが話しばつける…薩摩へ来やんせ…おはんは、百姓や町民に人望がありもす。じゃっどん、百姓は所詮、烏合の衆じゃ…おいどんも農政ば関わった事があるのでようわかる…百姓の心ばつかむのが富国の元じゃ…おはんの力がほしか…」と言います。しかし万二郎は「折角ですが、西郷さん…私は幕府の改革を夢見ているんです…」と言います。西郷は「じゃっどん、幕府はもう天下を治める力はなかど…こたびの戦では、薩摩は幕府と共に動いちょるが…いずれ、薩摩が天下ば取る…おはんの力を思う存分生かせば…」と言うのですが、万二郎は遮るように語調を強めて「私は、東湖先生に誓ったんです!…倒れかけた大樹の支えになると…」と答えました。西郷は万二郎の顔を見つめながら冷静な表情で「そげなこつば言うてん、天下はこれから二三年で変わりもすど…」と言いました。万二郎は、俯きながら「西郷さん…その話は、これまで…御馳走になりました…」と言うと、深く一礼しました。西郷は、残念そうは表情で「左様か…惜しいのう…」と言うと腕組みをして黙っていました。

 

 江戸では、おとねが綾に話し掛けていました。「何故そなたはここにいる…万二郎には、心に思うた人がいた…そなたではない…」と…その時、尼寺で仏に祈るおせきの姿が映し出されました。

 

 西郷と別れた後、万二郎は、夜の大阪の街を歩いていました。その時、銃声が聞こえ、女の叫ぶ声がしました。走って逃げて来る町人の男が「えらいこっちゃ!…兵隊が侍に鉄砲を撃ったわ!」と叫びました。後ろから町人達が次々に逃げて来ました。万二郎は人をかき分けて現場に向かいました。万二郎が、立ち止って様子を見ていると、また銃声がしました。居酒屋の格子窓から兵が撃ったものでした。兵の一人が「これるもんなら来てみれ…」と言います。すると別の兵が「来たら撃っちまうけどな…」と言いました。しかし、狙われた侍は、少しも動ぜずに、道の反対側の縁台に座って、静かに酒をんでいました。万二郎は、左手で腰の刀を握り、指で鍔押さえると小走りで侍の元へ行きました。万二郎は、片膝を着いて身構えながら侍に「撃たれたのは貴公ですか…」と聞きます。侍は「酔っぱらいがいきなりわしを撃ちよった…」と言います。万二郎は「お怪我は…」と聞きました。侍は「怪我はないけんど…」と言うと、来ている着物の袖に穴が開いた所を見せて、その穴に人差し指を通しながら「たちの悪い兵隊ぜよ、まっこと…」と言いました。万二郎は「今、取り押えます…」と言うと、立ち上がり居酒屋の前に行きました。そして「俺は、歩兵組大隊長、伊武谷万二郎だ!…撃つのは止めて銃を捨てろ!…」と叫びました。すると、居酒屋の中にいる兵が「うるせい!…」と言いました。そして、万二郎に向けて銃を一発撃ちました。万二郎は、軒に立てかけてあった簾の影に隠れました。横の縁台に座っている侍が万二郎に「これじゃったら、長州征伐も思いやられるの…」と言うと、また酒を飲みました。万二郎は、振り向いて侍を見ると「長…どちらの御家中ですか…」と尋ねました。すると侍は「わしは、土佐脱藩浪人、坂本龍馬ちゅう飲んだくれや…」と言うと、また酒を飲み始めました。

 店の中では、二人の兵が酒を飲みながら、片手に銃を確りと持っていました。そして、そのうちの一人が「バカバカしくてやってられないよ!…」と叫びます。すると別の兵が「長州くんだりまで行ってられるか!…」と叫びました。すると万二郎が、外から「神妙にせい!…酔っぱらいども、首をこっちに見せろ!…」と叫びました。すると、一人の兵が立ち上がり、格子窓越しに銃を構えながら「敵の女を寝取る隊長の言う事なんか聞けるか!」と言うと、また銃を一発撃ちました。すると龍馬が、万二郎の顔を覗きこむようにして「寝よったがか…」と聞きました。万二郎は、居酒屋の方を睨みつけるようにして見ながら「違う…」と言いました。そこへ、歩兵組の古参兵達が五人ほど駆け寄って来ました。古参兵の一人が片膝をついて「隊長…」と言いました。万二郎は、居酒屋を見ながら「八平と捨吉だ!…」と言いました。古参の兵は「あいつら…どうします…」と尋ねました。

 店の中では、八平と捨吉が酔った勢いで「やってられるか!…冗談じゃねえよなあ…」などと話していました。すると、外の古参兵が「やい!…山猿やろう!…お前らに撃てるのか!…」と挑発しました。二人は、格子窓から外の様子を覗きました。さらに古参兵は挑発します。「せいぜい、掃き溜めの油虫ぐらいだ!…悔しかったら撃ってみれ!…」と…そして、後ろを向くと尻を出し、右手でポンポンと叩いて見せました。店の中から「あの野郎!…ぶっ殺してやる!…」と言う声が聞こえました。そして一人が格子窓越しに銃を構えた時、裏から入って来た万二郎が「止めい!…」と言った瞬間、二人の兵を木刀で叩きました。二人の兵は、呆気なく倒れました。その瞬間、古参兵達が障子戸を開けて中へ入って来ました。古参兵の一人が、嬉しそうに「隊長!…」と声を掛けました。万二郎は「こいつらを連れて行って、ぶち込んでおけ!…」と命じました。八平と捨吉は、古参兵達に取り押さえられて居酒屋から連れ出されました。

 万二郎が居酒屋から出て来ると、後ろから龍馬が盃を右手に、酒徳利を左の脇に抱えて後ろから近寄って来ました。そして「見事な腕前じゃ…」と言います。万二郎は一礼して「悪いことをしました…」と詫びを入れます。龍馬は「成り行きじゃけん仕方ないろ…」と言うと、盃の酒を飲み干しました。万二郎は「お詫びに、新しい着物を買って差し上げたい…」と言います。龍馬は万二郎を見ながら「おお…気前がええのう…隊長さん…ほいじゃ、着物の代わりに酒をおごってくれ…」と言いました。万二郎は、一礼しながら「分かりました…」と言います。龍馬は「ほいじゃ、行くぜよ…」と言うと、先に歩いて行きました。その様子を町人に化けた隠密らしい男が、訝しげに見ていました。

 

 料理屋では、龍馬が芸者の三味線に合わせて楽しげに「土佐の高知の播磨屋橋で、坊んさん簪買うを見た。よさこい、よさこい…」と歌っていました。右わきに座っていた芸者が「旦那さん…何でそんなにお声が宜しいの…」と尋ねます。龍馬は酌を受けながら「女を口説く為じゃ…」と言います。その様子を見て万二郎は龍馬に「貴公を見ていると、私の友を思い出す…医者なんだが、女好きで、遊び上手で、声がいい…」と言います。龍馬は芸者を右手で抱きながら「その御人、偉い…人生はの…遊べる時に遊んで、女を抱かないかんぜよ…」と言いました。万二郎は、いつもの糞真面目な表情で「天下の情勢を考えると、遊びにうつつを抜かす気にもならんです…」と答えました。龍馬は渋い顔をして「律儀じゃのう…」と言うと、前にあった膳を横にのけて「おまん、徳川に忠節など立てても、もう遅いぜよ…」と言いながら、万二郎の元に這い寄りました。万二郎は龍馬を見つめながら「なに!…」と聞き返しました。龍馬は「徳川は、もう御仕舞じゃ…わしゃな…新しい国を作るつもりながじゃ…」と言います。万二郎は、挑みかかるような目つきで「新しい国…」と言います。龍馬は「そうじゃが…天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作るがじゃ…議政局は、天下の大名全員が参加する…その他の有能な人種は、政治に発言できる…」と言います。すると万二郎は、真剣な表情で「公方様はどうなる…」と尋ねました。龍馬は「徳川家も議政局の一員となる…万民は平等に祭りごとに加われる国を作るがじゃ…そればっかりやないぞ…」と言うと、万二郎は怒った表情で俯きながら、語調を強めて遮るように「もういい!…」と言いました。そして「坂本さん…その話は聞き捨てならん…明らかに…倒幕の企てではないか…」と言いました。すると龍馬は、右手の小指で耳をほじくりながら、分かってないという表情で「おまん…勝先生知っちょるか…」と聞きました。万二郎は、思いもかけない人の名前が出て来たので、不思議そうな表情をして「ああ…存じ上げておるが…」と答えました。すると龍馬は「元々この話の骨子は…勝先生の考えから出たものぞえ…」と言います。万二郎は驚きました。そして、体の向きを変えて左手を畳につき、鋭い眼差しで龍馬の目を見ると「なに…」と聞き返します。龍馬は「わしは、勝先生の弟子じゃけに…わしの頭の中は、勝先生譲りじゃ…」と言います。万二郎は、慌てた表情で「いや、しかし、勝先生は幕府の要人だぞ…その人が、貴公のような…幕府を倒そうなどとは…」と言います。龍馬は、わかっとらんという表情で「おまん、何ちゃ知らんのう…あの人は、幕府など眼中に無いがじゃ…日本ちゅう国の事を考えとるがじゃ…そうやき…あの人は閣老から疎まれちょる…」と言いました。万二郎は、唖然とした表情で、龍馬を見つめていました。

 万二郎は、宿舎に帰ると自分の部屋に寝そべって、物思いに耽っていました。脳裏に西郷の声で「幕府はもう、天下を治める力はなかど…」と聞こえて来ます。龍馬の声でも「天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作る…議政局は、天下の大名全員が参加する…」と聞こえて来ました。その時、古参兵が障子の外から「隊長…」と声を掛けました。万二郎は体を起こすと「如何した!…」と言います。片膝を着いた古参兵が、障子を開けて姿を見せると一礼して、心配そうな表情で「ご上使がお見えです…」と言いました。万二郎は、不思議そうな表情で「上使が…」と聞き返しました。

 万二郎は、座敷で両手を付いて深々と低頭していました。上使は、裃姿で立ったまま書状を読みあげていました。「伊武谷万二郎…その方、大阪にての部下の不始末、および土佐浪人坂本龍馬との密議の件、不届きなり…よって歩兵大隊長の任を解き、江戸へ帰参のうえ、謹慎を命ず…」と…

 

 江戸では、寝ている綾の横でおとねが話しかけていました。「万二郎が戻ってきたら、こう言いましょう…あの娘は、日に日に衰えて、とうとう身罷りましたと…天命だったのです…手を尽くしたのですが…万二郎は嘆くでしょうね…」と…おとねは、仏壇の方に向き直ると座りなおして「あなた、どうか私の事を鬼のような女だと責めないでください…私は、憎いのです…あなたを奪った、敵の一族が…」と言うと、涙目で寝ている綾を睨みつけました。その時、玄関口で御免という良仙の声が聞こえました。良仙が障子戸を開けて入って来ると、袖で涙を拭きながら「あっ、良仙先生…」と言って立ち上がりました。

 良仙は、丁寧に綾の顔色や瞳孔などを診察しています。何か不審なようで、上布団をはがして、綾の腕を取り脈診を始めました。良仙は「こりゃいかん…だいぶ弱っている…」と言うと、綾の腕を降ろして、上布団を掛けて遣りました。そして、おとねに視線を合わせると「食事は…」と聞きました。おとねは、何も無いという表情で「取っております…」と答えました。良仙は「もちろん水もたっぷりと…」と聞き返しました。おとねは、悟られたのかと思い、一瞬ひやっとしますが、悟られないように「はい…」と答えました。良仙は、綾を見ながら「おかしい…このままじゃ危ない…水を…水を持って来て下さい…」と言いました。おとねは「はい」と言うと立ち上がりました。

 良仙は、綾を抱き起して、湯のみで水を飲ませます。綾は、ごくごくと水を飲みました。良仙はその様子を見て「よほど喉が渇いていたのか…これはいったいどういう訳だ…どうもげせん…」と言います。その様子を見て、おとねの様子が、次第に暗くなって行きました。良仙は、綾に水を飲ませ終わると、寝かせつけながら「本人が、口がきけんので困るな…」と言いました。良仙は、綾に上布団を掛けて遣ると「御隠居さん…大変失礼な事を伺いますが…何か、私に隠し事をなさってませんか…」と尋ねました。おとねは、落ち着いた表情で首を振りながら「いいえ…」と答えました。良仙は、不審そうな表情で綾を見つめながら「そうですか…とにかくこのままじゃ、七日と持ちません…すぐに医学所に連れて行きます…」と言うと立ち上がり、薬箱を持って手配をする為に万二郎の家を出ようとしました。その時、おとねは、落ち着いた表情で「お待ちください…この娘は、我が家で看病いたします…」と言いました。良仙は立ち止り、おとねの背中を見ながら「しかし、このままでは…命もおぼつかないのですよ…」と言います。するとおとねは、良仙の方に顔を向けながら「この娘は、万二郎からの預かり物…私が面倒を見ます…」と答えました。良仙は、険しい表情でおとねを見つめながら「私も万二郎に頼まれたんです…もし万が一の事があったら…」と言います。するとおとねは、良仙を見上げながら「どうあっても、このうちの外には出しません…」と答えました。良仙は、おとねの顔を見ながら、その場に座ると「御隠居さん…人間なんて…死なせるのは容易いんです…ほっときゃいい…生かすほど難しい事はありません…それこそ、医者の務めなんです…」と言いました。おとねは、良仙の顔を見つめながら「先生…私がまるで、病人に何かしているような言い方…」と言います。良仙は、おとねの顔を覗き込むようにして「私はねぇ…あなたが親として、万二郎の幸せを願っているなら…その惚れた娘をこんなにし…何もしてやらないのが解せないと言っているのです…」と言いました。しかし、おとねは動じませんでした。良仙は「綾さんは、万二郎が心底惚れた娘なんですよ…」と言います。おとねは、ただ黙っていました。良仙は、苛立ちを押さえながら「いいでしょう…そこまで依怙地なら…それでも結構…この良仙…これから毎日来ます…」と言うと、おとねに一礼をして立ち上がり、帰りました。

それからのおとねは、一日中、どうすべきかを考えていました。そしておとねは「万二郎…お前の幸せを望まないという事があろうか…でも…これだけは…これだけは…」と、涙を浮かべながら独り言を言いました。おとねは立ち上がり、綾の寝ている座敷まで行くと、立ったまま綾を見つめました。おとねの脳裏には、出立前に万二郎の言った事が映し出されていました。「綾さんを頼みます…」と…おとねは、思い直したように綾の側に座ると湯ざましを湯呑みに入れて綾に飲ませようとするのですが、綾の顔を見るとどうしても飲ませる事が出来ずに、泣きながら綾の顔に、湯呑みの水を掛けました。おとねが綾を見つめていると、脳裏に良仙の声が聞こえて来ました。「人間なんて、死なせるのは容易いんです…ほっときゃいい…生かすほど難しことはありません…」と…するとおとねは、泣きながら側にあった手ぬぐいで、綾の顔を拭き始めました…その後、暫くして、おとねは綾を抱き寄せて、匙で重湯を食べさせていました。

 

万二郎は、うなだれながら、江戸への道を歩いていました。ある宿場の中に入って来ると、二人の町人が、縁台に座ってお茶を飲みながら噂話をしていました。「海軍操練所が閉鎖…」と…すると、もう一方の町人が「軍艦奉行勝阿波守様は、お役御免だと…」と…すると聞き返すように「阿波守様が…」と言います。それを聞き付けた万二郎が、慌てたような表情で町人に「今の話は本当か…」と聞きます。町人は、驚いた表情で「あっ、本当ですよ…」と答えました。万二郎は、呆れた表情で「勝先生がお役御免か…御上はいったい何をやっているんだ…」と、独り言を言いました。

 

 良仙は書斎で医学書を真剣に読んでいました。綾の病状を調べる為でした。そこへ、おつねが遣って来て「あなた…夕餉の支度が…」と、声を掛けました。しかし良仙は、いつもの医学を勉強する時の無心の姿になっていたので気がつきませんでした。そこへ長男がやって来て、嬉しそうな表情で「父上…」と声を掛けました。その後ろから、まだあどけない、次男も着いて来ました。おつねは「しっ、しっ…父上はお仕事をなさっているの…静かにね…」と、長男に言い聞かせるように言いました。長男は、直ぐに書斎を出て行きました。おつねも次男を連れて書斎を出て行きました。暫くすると良仙は溜息をつきながら「脳の仕組みは、分からんことだらけだ…」と独り言を言いました。

 おとねは、台所で料理を作っていました。その時、玄関口から万二郎の声で「母上…只今戻りました…」という声がしました。おとねは、慌てて玄関口の方へ行きました。おとねは、万二郎の姿を見ると笑顔で「万二郎…」と声を掛けます。万二郎は、おとねに視線を合わせると、すまなそうな表情で「母上…実は…」と、帰って来た理由を言おうとするのですが、おとねは笑顔で遮るように「ああ…仔細は聞きました…西郷様から文を頂きました…そこに一部始終…」と言いました。

 万二郎は、家に上がると、一番最初に綾の元へ遣って来ました。嬉しそうな表情で綾の顔を覗きこみました。そして「綾さん…戻って来ました…綾さん…」と言います。おとねは、その様子を後ろからじっと見つめていました。

 

 万二郎は、勝海舟の屋敷を訪ねていました。海舟は縁側に立って、庭を見ながら「神戸の海軍操練所に、攘夷浪士を出入りさせていたんだがな、それが閣老どものお気に召さなかったらしい…またく、了見の狭い連中だよ…」と言います。万二郎は「あの閣老どもを如何にかしなければ、幕府は滅びます…」と言います。海舟は「幕府どころか、国が滅びら…」と言うと、座敷に入って座りました。万二郎は、思い出したように「大阪で、坂本龍馬殿に会いました…」と伝えます。海舟は「ほう…龍馬にあったか…面白い男だろう…」と言いました。万二郎は「国の在り方について、いろいろお話を聞きました…天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作るというもの…勝先生のお考えなのですか…」と尋ねました。勝は頷きながら「そうだよ…尊王だ、佐幕だと言っている時じゃない…そんなことやっていたら、日本なんて小さな国は大国に飲み込まれてしまう…」と答えました。万二郎は「私もそう思います…今こそ改革しなければ…手遅れになります…」と言いました。海舟は、大きく頷くと「頼もしいね…しかし、お役御免にされた俺も…お前さんも今はあれだ…」と言うと、後ろを振り向いてダルマの置物を見ました。万二郎は「ダルマ…」と言います。すると海舟が「手も足も出ない…」と言いました。万二郎は、茫然とした表情で達磨を見つめていました。

 万二郎は、その日の夜、良仙と酒を飲んでいました。良仙が万二郎に酒を注ぐと、万二郎は「御上は、軍艦奉行の勝先生までお役御免にしたんだぞ…ああいう人こそ今の幕府にいなければならないのに…目のきかない閣老どもだ…」と言うと、酒を飲み干しました。良仙は、自分の盃に手酌しながら万二郎の話をじっと聞いていました。万二郎は「あれだけ老中や若年寄、諸大名がいても、考えていることは面目や己の利ばかりだけだ…誰一人、このご時世を正しく見ている者はいない…」と言います。良仙は、静かな口調で「でも、これでよかったんじゃねいか…」と言います。万二郎は、挑むように「何処がいいんだ…」と言います。良仙は、笑みを浮かべながら「ものは考えようさ…これでゆっくり、綾さんの看病が出来る…違うか…」と言いました。万二郎は急に俯いて心配そうな表情になりました。良仙は「実はな…オランダの医学書を調べていたら…綾さんとよく似た患者の事が載っていたんだ…」と言います。万二郎は、良仙の顔を見つめながら「なに…」と聞き返しました。良仙は「何年も寝たきりの患者が、ある時突然目を覚まして、元気になったというんだ…」と言います。万二郎は「で、何か薬でも使ったのか…」と尋ねます。良仙は「いや…医者も匙を投げていたらしい…つまり、勝手に治ったんだ…」と答えました。万二郎は、訳が分からないという表情で「勝手に…じゃあ…綾さんも…」と尋ねます。良仙は、真剣な眼差しで万二郎を見つめながら「その見込みはある…だがな…な…あきらめるな…」と言いました。

 

 万二郎は、山岡鉄太郎の道場で、剣の稽古をしていました。(この時すでに、小野鉄太郎は、山岡家へ養子に入った模様です。山岡鉄太郎とは、後の山岡鉄舟の事です。)激しい打ち合いが続きますが、万二郎は鉄太郎に叩き飛ばされてしまいました。鉄太郎は万二郎に「如何した!…お役御免になって剣の腕まで鈍ったか!…」と罵声を飛ばしました。万二郎は、立ち上がると、また鉄太郎に向かって打ち込みを掛けました。

 

 万二郎の家では、おとねが鉄瓶に水を入れて、火鉢に掛けようとしていました。すると隣の部屋から、綾に話しかける万二郎の声が聞こえて来ました。「今日は、久しぶりに道場に行って来た…駄目だ…怠けていたから…鉄さんに歯が立たなかった…鉄さんというのは、山岡鉄太郎…私の剣の師匠だ…」と……万二郎は、話し終わると上布団をはがして「水飲むかい…」と言いながら、綾の体を抱き起こしました。そして「大丈夫だ…すぐ良くなる…」と言うと、湯呑みの水を飲ませ始めました。おとねは、その様子をじっと見つめていました。

 万二郎とおとねは、夕食を食べていました。おとねは万二郎に「随分、一途に話しかけていましたね…」と言います。万二郎は、気恥ずかしかったのか笑みを浮かべながら「良仙が言っていたのです…外国に、綾さんに似た病人がいて、それが一人で目を覚まして、元通りになったそうです…」と言います。おとねは、箸を止めて万二郎を見つめました。万二郎は、嬉しそうに「綾さんも…きっとそうなると…私は信じています…」と言いました。おとねは「そう…」と一言だけ言いました。万二郎は「これは…私の勝手な思い込みかもしれませんが…実は、綾さんは聞こえているんじゃないかって…」と言います。おとねは、驚いた表情で万二郎を覗くようにして「聞こえてる…」と聞き返しました。万二郎は「喋ることも、体を動かす事も出来ませんが…頭の中は実は確りしていて…すべて分かっているんじゃないか…綾さんの目を見ていると…そんな気がするんです…いや…そうです…今までの事もちゃんと覚えていますよ…そのうち目を覚まして…母上に言いますよ…看病して頂き…ありがとうございましたと…」と言いました。すると、おとねの顔が、次第に曇って行きました。おとねは、前にあった膳をのけて、両手を付いて「万二郎…私を許しておくれ…」と言うと、深々と頭を下げました。万二郎は驚いて「どうしたんです…」と尋ねました。おとねは泣きながら「私は…私は鬼です…綾さんを…亡き者にしようと…食事も与えず…飢え死にさせてやろうと…お前の好いている大事な人を私は…許しておくれ…許しておくれ…」と言いました。万二郎は、寂しそうな目で、おとねを見つめていました。

 万二郎は、食事が終わると綾の寝ている横に座っていました。そして、綾の手を両手で握ると「綾さん…母は心から悔いている…許してほしい…これから私が付いている…あなたが元気になるまで、私が看病する…」と言いました。おとねは隣の部屋で、じっと聞いていました。

 

 慶応二年(1866年)、良仙は旅立とうとしていました。玄関口には、おつねと二人の息子、女中が座って見送っていました。良仙が立ち上がると、おつねも立ち上がって、良仙の背中あたりで火打石を叩きました。そして「行ってらっしゃい…」と言います。良仙は、前を向いたまま「行きたくない…」と言います。おつねは「なに、駄々をこねているんですか…確りお勤めを果たして来て下さいよ…軍医殿…」と言いました。すると良仙は拗ねたように顔をしかめながら「戦は嫌だ!…軍医何か引き受けるんじゃなかった…」と言うと、柱にもたれかかって悩んでいました。おつねは「あなた…今さら何を言っているの…送れますよ…」と言います。良仙は、やけを起こしたように「分かったよ…」と言うと、振り向いて息子達に笑顔で「じゃあな…」と言いました。息子達は、元気よく「はい…」と答えました。良仙は、荷物を背中に背負うと玄関を出て行きました。おつねは「言ってらしゃいませ…」と声を掛けました。息子達も「行ってらっしゃいませ…」と声を掛けました。こうして、良仙は軍医として、第二次長州征伐へ出陣しました。

 ここで、良仙の声でナレーションが入ります。「前の長州征伐が、西郷らの働きで、戦わずして勝ったものを…幕府の力と思い込んだ閣老達は、二年後、またもや長州征伐を始めた…だが、新式兵器と新しい戦術を身につけた長州藩は、幕府軍を圧倒した…」と……

良仙は、運ばれてくる負傷兵を懸命に治療していました。良仙は負傷兵の胸に耳を当て鼓動を聞いていましたが、立ち上がり「こいつはもう死んでいる…運び出せ…」と命じました。すると、後ろの方から「先生!お願いします…」と言う声がしました。良仙は、負傷兵の元へ歩み寄りました。良仙は、負傷兵の顔を見るなり「清吉!…この間、手当てして遣ったばかりじゃないか…」と言いました。すると清吉は「先生、また来ました…」と言うと笑い顔を見せました。すると、今まで治療していた同僚の軍医が「この男は、治る間もなく戦場へ送り返され、銃弾にやられたんです…」と言いました。良仙は、水桶を清吉の前に置くと呆れたように「俺はもう、三度もこの男を治療しているんだ…これじゃ…治しても治してもきりがない…何の為に治すんだ…えっ…また怪我をさせる為に治すのか…いっそひと思いに、致命傷を負った方が楽になれるのだがな…」と言いました。すると同僚の軍医が「先生!…何ていう事を仰るんです…」と言いました。良仙は清吉に「痛むぞ…」と言うと、治療を始めました。

良仙は、治療が一段落ついて、負傷兵のいる天幕の外へ出て来ました。良仙は、首を振りながら「遣りきれねい…折角治してやっても…また死にに行くんじゃ…」と言います。その時、銃声がしました。良仙の体に電流のような物が走りました。流れ弾が良仙の太ももあたりに当たりました。良仙は、「ああ…」と叫ぶと倒れました。太ももを押さえていた手を見ると血がついていました。良仙は素早く自分で止血をしました。

 

慶応二年(1866年)七月、おつねと女中が家の掃除をしていると、玄関の方から「帰ったぞ!…」と言いう良仙の声が聞こえて来ました。二人は笑顔で玄関口に行きました。すると、抱きかかえられるようにして立っている良仙がいました。おつねは驚いた表情で「あなた…」と言いました。しかし、良仙の顔は意外と明るく笑みを浮かべていました。

おつねは、良仙の薬の付け替えをして、包帯を巻いていました。おつねの表情は険しいものでした。おつねは良仙に「どうして医者が撃たれるの…」と言います。良仙は、おつねの締める包帯がきつかったのか「イテテテ…もっと優しくやれよ…」と言います。そして「戦場だぞ…流れ弾が飛んでくる事もある…運が良かったよ…足で…少しずれていたら、男じゃなくなっていた…」と言うと、うすら笑いを始めました。おつねは、怒った表情で語気を強めて「よく笑っていられるわね…」と言うと、包帯をギュウッと締めました。良仙は「イテテテ…」と大きな声を上げました。おつねは「一歩間違えたら、命を落とすところだったのよ…」と言います。良仙は笑みを浮かべながらおつねの頬を触って「そんな顔をするなよ…ちゃんと生きて帰って来たんだ…」と言います。おつねは心配そうな表情で「ねぇ…もう軍医なんてやめて…」と言います。良仙は「ええ…」と聞き返しました。おつねは「こんな危ない目にあうなら…町医者だけ遣っていた方がいいわよ…」と言います。すると良仙は「家名が上がるって喜んでいたのは、お前だろう…」と言うと笑っていました。おつねは、真剣な表情で「あなたの命には代えられません…」と言いました。良仙は、遠くを見つめるようにして「それは俺だって、辞めたいと思ったよ…折角治してやっても…また死にに行くんだ…むなしい仕事だ…」と言います。おつねは「だったら…」と言います。良仙は「戦場でけがを負うとな…めっぽう心細いんだ…」と言いました。おつねは、良仙が言った意味が分からずに「えっ…」と聞き返します。良仙は「国を遠く離れて…身うちは誰もいない…たった一人で…痛みや苦しみに耐えなければならない…自分が撃たれて、兵隊の気持ちがよーく分かった…その痛みや苦しみを和らげるのは…軍医しかいない…そんな仕事は誰かがやらなければいけないんだ…」と言うと、おつねの目をじっと見つめていました。

 

万二郎は、鉄太郎の道場に来ていました。鉄太郎は、壁に掛けてあった木剣を取ると、万二郎に歩み寄りながら「散々だったようだ…幕府軍は指揮が低くバラバラで、まったく長州に歯が立たなかったらしい…」と言うと、万二郎の横に座りました。万二郎も「歩兵組も大勢死んだらしい…くっそう…」と言いました。鉄太郎は「無茶な戦だよ…何の策も立てずに、力任せに攻めるからこういうことになるんだ…万さん…もう、幕府は終わりかもしれないぞ…」と言いました。

万二郎は、鉄太郎の道場から帰って来て、綾の寝ている横に座っていました。万二郎は「綾さん…ずっと看病すると言ったが…それは出来なくなるかもしれない…すまない…考えに考えた末の事なんだ…分かって欲しい…」と話しかけました。その時、玄関口から男の声で「御免…」と言う声がしました。

障子戸を開けて、二人の武士が入って来ました。万二郎は、二人を座敷に上げて密談をしています。万二郎は「閣老どもは、無益な戦をし、無駄に兵を死なせた…このままあの連中に政を任せていたら、幕府どころか、日本という国が滅びるぞ…」と言いました。武士の一人が「最早、一刻の猶予もならん…」と言います。するともう一人の武士が万二郎に「どうする…」と聞きました。万二郎は「天誅だ!…閣老どもを倒し…幕府を改革する…」と答えました。

おとねが、外出先から帰って来ました。その時、武士の一人が勢いよく襖を開けました。おとねと武士の視線が合うと、武士は一礼して「お邪魔いたした…」というと、帰って行きました。おとねは、武士たちの殺気に驚きの表情を浮かべながら一礼をしました。おとねが座敷に行くと、万二郎も刀を手にして、外出しようとしていました。おとねは、心配そうに「今の方々は…」というと、万二郎の顔をじっと見つめます。万二郎もおとねの顔を見つめました。そして「友です…今夜は遅くなります…夕餉は先に済ませて下さい…」と言うと、一礼をして家を出て行きました。二人の武士は、玄関口で万二郎の来るのを待っていました。おとねは、心配そうに万二郎を見つめていました。

おとねは、綾の寝ている横に座って話しかけます。「この頃…万二郎の様子がおかしいのです…お仲間と部屋にこもって、ヒソヒソ話をしていたり…夜遅くまで帰ってこなかったり…母の私にも、あの子の心の中は覗けない…綾さん、あなたは万二郎の心をつかんでいます…お願いです…どうか正気に戻って、元の万二郎に戻してください…私にはもう…万二郎が分からなくなってきました…」と…

夜になり、綾の寝ている部屋に、おとねが行燈の火を灯しました。その時、綾の様子に変化が見られたのか、おとねは綾の顔を覗き込むようにして「綾さん!…」と声を掛けました。万二郎が帰って来るとおとねは、急いで歩み寄り「万二郎!…」と声を掛けました。万二郎は、おとねの只ならぬ様子を見て「どうしたんですか!…」と尋ねました。おとねは、慌てた様子で「先ほど、行燈に火をつけた時、綾さんを見たら…あの子、私の目を見たんです…」と言いました。

万二郎は、蝋燭に火を灯して、綾の側へ行きました。万二郎は、蝋燭を綾の顔に近付けながら「綾さん、私を見て御覧…」と言いました。しかし、綾の様子に変化はありませんでした。万二郎は、気を落としたように「駄目だ…気のせいじゃないですか…」と、隣に座っているおとねにいました。おとねは、真剣な表情で「そんな…確かに…」と万二郎に言いました。その時、綾の目が動きました。万二郎もおとねもそれに気付きました。万二郎は、蝋燭の灯りを綾に近付け、右から左へと動かしました。すると、綾の目が光を負って動いていました。万二郎は、綾の顔を見つめながら「綾さん…あなたは蝋燭の火を見ている…確かに…見てる…」と言いました。

あくる日、万二郎は、良仙の屋敷の診察室で、昨夜の出来事を話しました。良仙は驚いて「目が動いた!…」と聞き返します。万二郎は「間違いない…」と答えました。良仙は「こうしちゃいられない…すぐ見に行こう…」と言います。万二郎は「待て…その前に話がある…」と言うと、診察室の板戸から顔を出して、誰もいないことを確認して、板戸をぴしゃりと締めました。

万二郎は良仙に歩み寄ると「これは、二人だけの話だ…断じて口外しないでくれ…」と言います。良仙は、少し面喰ったように「ああ…」と答えました。万二郎は、診察台に腰を降ろすと、刀を抜きながら「俺は、おそらく人を斬ることになる…」と言います。良仙は、驚いた表情で「なに!…」と聞き返します。万二郎は、半分抜いた刀を見ながら「白蟻を退治するんだ…」と言うと、刀を鞘におさめました。良仙は「陽だまりの樹に付く白蟻か…」と聞きます。万二郎は「そうだ…無能な閣老どもを倒す…それしか手はない…そして幕府を改革する…」と言いました。良仙は「本気で言っているのか…」と言います。万二郎は「ああ…本気だ…」と答えました。そして「今は一つにまとまって…異国に負けない国を作ることが大事なんだよ…」と言います。良仙は、心配そうな表情で「頭を冷やせ!…お前ひとりで何が出来るって言うんだ…」と言いました。万二郎は、冷静な表情で「同志を集めた…」と言うと立ち上がり、良仙の顔を見ながら「良仙…あとの事を頼む…母と綾さんを…」と言います。良仙は「お前…死ぬ気だな…」と言いました。

ここで、第11回運命の分かれ道は、終わりました。

2012年10月24日水曜日

韓流ドラマ「神様お願い」の最終回を見て思う事(日韓の違い)




 好い作品でした。家族の愛情や周辺の思惑が折り重なって、韓流ドラマらしいハラハラドキドキのドラマでした。最後には、成るように収まって、良かった良かったのドラマでした。しかし、冷静になって考えてみると、日本人の私には、ここまで重たく考える必要があるのかと思ってしまいました。これが日韓の文化の違いというものかもしれません。ここまで、四角張って考えなければいけないのかと思った次第です。


 私の思った事を書く前に、この物語の大まかなあらすじを書いておきます。

 ヨンソンは、アメリカで知り合った夫とアメリカで生活していたのですが、夫を急病で亡くし、韓国に帰国していました。家族構成は、息子のワンモ(先妻の子でテレビ局の記者)と娘のスラ(大学生)、そして、姑のマリアの四人で、仲良く暮らしていました。しかし、ヨンソンの過去には、誰にも言えない秘密がありました。

 ヨンソンは学生時代に、裕福な家庭で育ったホンパと相思相愛の仲だったのですが、ホンパの母ランシルに反対されて、ホンパと引き裂かれていました。しかし、その時すでに妊娠していたのです。その後、実家が火事に遭い、両親が亡くなり、精神に異常をきたして、自分が出産したかどうかも分からない状態でした。そんなヨンソンには、子育ては無理だと判断した教会の牧師が、生まれてきた娘を養子に出し、ヨンソンの将来の事を考えて、ヨンソンをアメリカで生活させていたのです。

 ヨンソンの結婚生活は幸せなものでしたが、次第に娘を出産した事を思い出し、まだ見ぬ娘を思い浮べながら、いつかは娘を探し出そうと決意していました。そして、夫が亡くなって自由な時間が持てるようになったヨンソンは、興信所に頼んで娘を探し出す事ができました。娘の名はジャギョンといい、メイクアーティストをしていました。ジャギョンが、幼い頃から養母のベドゥクにいじめ抜かれ、苦労をしていることを知ると居ても立っても居られずに、ジャギョンの働いている店に客として行きます。しかしヨンソンは、ジャギョンを幸せにする為に、母であると名乗りを上げませんでした。ヨンソンとジャギョンの関係は、客とメイクアーティストとの関係から、年の離れた友人関係へと進展して行きました。

 そんなおり、血は繋がっていないけど、幼い頃から手塩にかけて育て上げた息子のワンモが、テレビ局で朝のニュースショーのメインキャスターに抜擢される事になりました。ヨンソンは、ワンモにジャギョンを紹介して、メイクの担当に成ってもらう事にしました。こうして、ジャギョンとワンモは付き合う事になりました。二人は次第に魅かれあって行きます。ヨンソンは、そんな二人を見て、自分がジャギョンの母であると名乗りさえしなければ、ワンモがジャギョンを幸せにしてくれると思い始めます。

 しかし、ジャギョンは自分の生い立ちにコンプレックスを持っていました。韓国の身分社会では、自分のような人間が良家の男性とは結婚できないと思い込んでいました。その上、考えられないような養母の嫌がらせや集りにあい、精神的にズタズタになってしまいます。その時、ヨンソンは二人を暖かく見守って支え、二人を結婚へ導きました。


 そんなおり、ソウルの街中でランシルがヨンソンを見かけました。ランシルはホンパの嫁と仲が悪く、不満を持っていました。ホンパと嫁の間も一人息子が亡くなり、冷え切っていました。ランシルはホンパにヨンソンを見たと告げます。ホンパもヨンソンへの想いが募り始めます。

 ある日、ホンパは、アメリカから一時帰国している学生時代の親友と食事をしました。そこで、親友が思わぬ発言をしました。ヨンソンが妊娠していたと…たまたま病院で出産の為に入院している姿を見たと…ホンパは、時期を考えてみるとヨンソンの産んだ子は自分の子どもに違いないと確信しました。それからホンパは、血眼になってヨンソンを探し始めます。ヨンソンが入院していた病院の出産記録から住民番号を割り出したり、さまざまな手を使って探しました。しかし、なかなか見つかりませんでした。ヨンソンは、アメリカ国籍を取っていたのです。夫が亡くなり、韓国に帰って来て、韓国籍を取る手続きをしていなかったのです。

 そんなおり、ホンパは、デパートのエスカレータでヨンソンとすれ違います。ヨンソンの隣には、ヨンソンの若い頃にそっくりのジャギョンがいました。ホンパはジャギョンを見て、自分の娘であることを確信しました。しかし、上りと下りですれ違ったホンパは、ヨンソン達を見失ってしまいました。


 ここで、幾つかの偶然が重なり合います。ジャギョンが自分の生い立ちにコンプレックスを持って、ワンモとの関係がギクシャクしていた頃、ジャギョンはワンモのメイクの担当を降りて、突然姿を消しました。それは完璧なものでした。店を辞め、家を出て、携帯を変えて、誰も行く先を知りませんでした。そして、裕福な家庭の奥様のファッションやメイク、インテリアなどのトータルアドバイザーとして働いていました。その奥様の御主人がホンパでした。ジャギョンは、ホンパ夫人に、とても気に入られていました。ホンパの家にも出入りしていたのですが、ホンパと顔を合わせる機会は偶然にもありませんでした。ただ、電話で話を交わす機会は何回かありました。ホンパは妻からジャギョンの事を好印象で伝えられていました。そして、ニュースキャスター(ワンモ)と近く結婚する事も…

 また、ホンパの母ランシルとヨンソンの姑マリアは、たまたまペットショップで知り合い、茶飲み友達に成っていました。ランシルは、マリアに嫁の愚痴やホンパの昔の恋人(ヨンソン)が出産していた事などを相談していました。後継がいないと思っていたのが、この世の何処かに自分の孫が生きていると…そんなおり、ランシルは、マリアの孫(ワンモ)が結婚することを知ります。ランシルはワンモの結婚式の御祝いに、式場へ駆けつけるのですが、そこでヨンソンがワンモの結婚式の来賓達に挨拶している姿を見ました。ランシルは、あまりの衝撃で気が動転して倒れてしまいます。そして病院へ担ぎ込まれてしまいました。ランシルは、病院で意識を取り戻すと、直ぐに式場へ駆けつけるのですが、すでに結婚式は終わっていました。

 そして、またまた奇跡のような出来事が起きます。ホンパの妻が、学生時代の男友達とドライブの最中に交通事故に合い死んでしまいます。周辺は、不倫のはての死と囃したてます。しかし、ランシルとホンパにとっては、幸いの出来事でした。邪魔者が消えたのですから…ホンパは、葬式が終わると身辺の整理をします。その過程で、ジャギョンを呼びだして、結婚式の祝い金を渡し、仕事や道具の整理をさせる事にしました。そして、ジャギョンと対面したのですが、何とデパートのエスカレータで、ヨンソンの隣に立っていた娘でした。ホンパは驚きます。しかし、直ぐには名乗りませんでした。確実な証拠をつかむまではと考えたのです。

 ホンパは、この事をランシルに話します。ランシルは、気分転換にメイクをして欲しいと言って、ジャギョンを自宅に呼び出します。そこで、ジャギョンには感づかれないようにして、ジャギョンの髪の毛を数本手に入れます。この髪の毛をDNA鑑定した結果、ジャギョンは、99.999%の確率でホンパの娘である事が分かりました。ランシルは、自分の娘を血は繋がっていないとはいえ、自分の息子の嫁にするとはと言って、ヨンソンに対して怒りを感じました。ランシルは、ヨンソンを呼びだします。

 ランシルはヨンソンに、ジャギョンは、あなたとホンパの間にできた子供だろうと問い質しました。ヨンソンは、最初のうちは違うと抵抗したのですが、ランシルにDNA鑑定を突き付けられて、認めざるを得ませんでした。折角、ジャギョンとワンモが幸せに過ごしているのに、自分さえ黙っていれば分からないと思っていたヨンソンでしたが、その秘密をランシルとホンパに暴かれて目の前が真っ暗になりました。

 ランシルは、ヨンソンをなじります。自分の娘を血が繋がっていないとはいえ、自分の息子の嫁にするなんて…何と大それたことを仕出かしてくれたのかと…ヨンソンは、私は罪を持って死にます。ジャギョンとワンモには罪はありません。私が悪いのです。だから、二人には黙っていて欲しいと懇願します。

 ランシルは、冷静になって考えてみると、この原因は、ホンパとヨンソンを無理やりに引き離した自分にあると悟ります。しかし、人間は欲が出るもので、目の前に現れた孫娘と一緒に暮らしたいという欲望に駆られます。そしてヨンソンに、ホンパと結婚するようにと命じます。ジャギョンの秘密が公になった時に、戸籍だけでも切り離していた方がいいという口実で…ヨンソンは、最初は結婚を渋るのですが、ジャギョンの秘密を握られている以上、抵抗する余地はありませんでした。それに、元々は好きあっていた仲、ホンパに、秘密がばれない様に話しを進めるからと言われると、結婚を受けざるを得ませんでした。

 これで怒りだしたのが姑のマリアです。ヨンソンに、あなたは再婚はしない、私と余生を二人で暮らすと言ったじゃないと拗ね始めます。このマリアを説得したのがワンモとジャギョンでした。どうにかこうにか納まりが付いて、ホンパとヨンソンは結婚をしました。そして、ジャギョンが妊娠していることが分かりました。ヨンソンは、ジャギョンを自分の手元に置いて出産させたいと思い始めます。ジャギョンとワンモの結婚に反対していたマリアやスラに気兼ねをして、ジャギョンが神経を使って流産でもしたらと思ったからです。ランシルやホンパもそれを口実に娘と一緒に生活が出来ると喜びました。しかし、マリアが癇癪を起しました。ヨンソンを取られ、孫夫婦も取るのかと言って…そんなマリアをヨンソンやワンモがなだめて納得させます。心を安らかにさせて胎教を整えさせたい…お腹の子の事を一番に考えさせて下さい…出産したら必ず家に戻しますからと言って…こうしてワンモとジャギョンは、ホンパの家で過ごす事になりました。しかし、またまた運命のいたずらが起きてしまいます。

 ジャギョンの養母ベドゥクは、働きもせずに周辺にお金を集って生活していました。そんなある日の事、ヨンソンが、結婚する前に子どもを産んでいたという話を小耳にはさみます。ベドゥクは、話しの元になっている証人を呼び付けて詳しく事情を聞きます。すると、ヨンソンの子どもは、ジャギョンではないかと思い始めます。ベドゥクは、証人との会話を確りと録音していました。ベドゥクは、確認の為に病院で、ヨンソンの出産記録を調べました。ヨンソンが生んだのは女子で、年月日がジャギョンの誕生日と一致しました。 ベドゥクは、ジャギョンがヨンソンの子であることを確信しました。そして、父親はホンパである事も…なぜなら、ベドゥクの姉ミヒャンが、ヨンソンとホンパを引き裂いた直接の原因であることを知っていたからです。

 ベドゥクは、この事を利用して金儲けをしようと考えます。最初はホンパに会い、ジャギョンの秘密をちらつかせて金をせびろうとしますが、ホンパは動じませんでした。次にベドゥクはワンモを呼び出して、ジャギョンの秘密を打ち明けました。ワンモは、最初は信じようとしませんでしたが、ベドゥクが隠し取った録音を聞かせると、ワンモも信じざるを得ませんでした。ワンモはベドゥクに、この事はジャギョンには秘密にしてくれと懇願しました。ベドゥクは、ワンモが所有していた豪華マンションと引き換えることを条件に、秘密を守ると約束しました。ただし、ジャギョンには、マンションを借りている事にしました。ワンモは、事務処理を行い、隠し撮りをした録音と引き換えに登記を済ませました。しかし、狡猾なベドゥクは、ワンモとの会話をすべて録音機で隠し撮りしていました……この頃、ヨンソンとホンパは、ホンパの会社の中国支社の視察の為に、中国へ行っていました。ランシルとマリアもそれぞれが気晴らしに海外旅行を楽しんでいました。ワンモだけが、重大な秘密を知らされて、心を悩ませていました。

 ベドゥクは、豪華マンションに引っ越しをして、掃除をしていました。今まで、狭い半地下のアパートに住んでいたので、怠け者のベドゥクにとっては、掃除するだけでも大変な事でした。そしてここで、ベドゥクの悪知恵がまたまた働きます。この豪華マンションを売り払い、半分の広さのマンションを買って、残りの金で鰻屋と株を買いました。鰻屋は自分が経営する為のものでした。

 ジャギョンは、養母のベドゥクが働き始めたと聞き喜びます。ジャギョンは、九か月の身重の体でベドゥクの店に会いに行きます。個室でベドゥクと話しをしていると、店でトラブルが起きて、ベドゥクは部屋を出て行きました。その時、店員が料理を運んできました。ジャギョンが店員にここの社長は誰ですかと聞くと、店員はベドゥクと答えました。ジャギョンの脳裏にいやな予感が浮かび上がりました。ジャギョンは、料理も食べずに店を抜け出し車に乗ると、お抱え運転手にワンモのマンションに行くように言います。

 ワンモのマンションに着くと、マンションは売り払われ、すでに次の所有者が入居していました。ジャギョンは、ベドゥクの引っ越し先を聞き出し、ベドゥクの住むマンションを見つけ出しました。ジャギョンはベドゥクに、直ぐに家に帰ってくるように電話を掛けました。そこへ、母のミヒャンにお使いを頼まれたイリが遣って来ました。イリは、血は繋がっていませんが、ジャギョンには従兄弟にあたる青年でした。俳優志望で、心根が優しくワンモの妹スラとも親しい間柄でした。ジャギョンは、車を降りてイリに会います。イリは、スラの顔を見ると驚きました。なぜ、ここが分かったのかと…イリは、ジャギョンの体を心配して、ベドゥクの部屋に案内します。

 ベドゥクが帰って来ると、ジャギョンとベドゥクの口喧嘩が始まりました。ジャギョンはベドゥクをなじります。どうしてこんなことをしてくれたのかと…少しは私の立場も考えてくれと…どうして自分で働いて生きようとしないのかと…勝気なベドゥクは負けずに言い返します。そして、感情の爆発するままにジャギョンの秘密をばらしてしまいました。ジャギョンは、最初は信じようとしませんでしたが、ベドゥクはワンモとの会話の録音を聞かせました。ジャギョンは、ショックを受けて放心状態に陥りました。その一部始終を見ていたイリは、伯母のベドゥクを諌め、録音機を奪い取ると、放心状態のジャギョンを抱きかかえるようにして、車の所まで連れて行きます。イリは、ジャギョンを車に乗せると、運転手に、自分も車で来たので一緒に行けない…姉さんの事を宜しくお願いしますと頼みました。

 ジャギョンは、車に乗っても放心状態でした。そして、精神的な疲れからか、車の中で破水してしまいます。家にはスラと家政婦しかいませんでした。ワンモは、この日は忘年会で連絡が取れませんでした。スラはジャギョンを病院に連れて行きます。心配になったイリが、スラに電話をかけると、ジャギョンが破水をしたので病院に連れて行く途中だと聞きます。イリはすぐに病院に駆けつけます。やっと連絡の取れたワンモも病院に駆けつけました。

 医者の診断では、このままの状態では、母子ともに危ないとのことでした。急きょ帝王切開による分娩が行われました。生まれてきた子どもは、男の子で未熟児でした。そしてジャギョンは、失語症になり、目の焦点も定まらないような精神状態に陥り、記憶も定かではないようでした。ワンモは、なぜこんな事になったのか…あれほど待ちに待った子どもが生まれたというのに…なぜだと頭を抱えました。スラがイリに、あなたは、一緒に居たんでしょう。いったい何が会ったのと聞くのですが、イリはスラの前では言おうとしませんでした。それは、スラを守る為でした。そして、スラとジャギョンが実の姉妹だという事は、自分の口からは言うべきではないとも思っていました。イリは、スラの居ない場所で、ワンモに一部始終を話しました。そして、ベドゥクから奪い取った録音機を渡しました。その夜、ワンモは車の中で、一人で録音を聞きました。

 あくる日、イリが病院に着くと、玄関口の前でワンモとすれ違いました。ワンモの顔は悲壮感に満ち溢れていました。イリは、ワンモの顔を見て、何かが起きそうな予感がして後を付けました。ワンモはベドゥクのマンションへ向かいました。ワンモはエレベーターも待たずに階段を登って行きます。イリはエレベーターを使って登って行きました。イリの方が、一瞬早くベドゥクの部屋に着くのですが、直ぐにワンモが部屋に入って来ると、ベドゥクに何で秘密をばらしたんだ!と叫びながら、部屋にあった金属バットでガラス窓や鏡をめちゃくちゃに叩き壊し始めました。イリとたまたま来ていたイリの母でベドゥクの姉のミヒャンがワンモをなだめながら止めに入るのですが、ワンモは気が狂ったように暴れました。ワンモはベドゥクに、あれほど待ちに待った子どもが生まれたのに、ジャギョンは、言葉も喋れずに記憶も定かでは無くなった!おまけに子どもは未熟児で、命も危なくなってしまった。この責任をどう取ってくれると言って、ベドゥクを追い廻しました。ジャギョンが、そんな状態になっているとは知らなかったベドゥクとミヒャンは驚きました。そしてベドゥクは、今更ながら自分の犯した罪を悔い改めワンモに許しを請いました。それでもワンモは、ベドゥクを許そうとはしませんでした。ベドゥクは逃げ回り、洋服ダンスの中に隠れようとします。ワンモは、金属バットを持って襲いかかろうとしました。イリは、ワンモに罪を犯させてはいけないと思い、必死になって止めに入りました。ワンモは、ベドゥクを襲うのを諦めて泣き崩れました。

 ワンモは、病院に戻ると、懸命にジャギョンの看病をしました。スラも献身的にワンモを手つだって、ジャギョンの看病をしました。しかしジャギョンは、自分が出産した事も分からない状態でした。食事ものどに通らず、自分では食べる事さえ出来ませんでした。そんなジャギョンにワンモは、匙で食べさせながら語りかけました。子どもが生まれたよ…男の子だったよ…何も心配いらないから…みんなで仲良く暮らそうと…

 ジャギョンが、こうなった原因を知らないスラは不安になり、ワンモに母や祖母達に知らせなくてもいいのと聞くのですが、ワンモは、心配掛けたらいけないので知らせなくてもいい、みんなが帰って来る前にジャギョンが良くなるかもしれないからと言いました。スラは、ワンモの言うとおりに母や祖母から電話が掛かって来ても知らせませんでした。しかし、ワンモの希望的観測に終わってしまいました。

 最初に帰国したのはマリアでした。ワンモはマリアを空港に迎えに行きました。家に着くと、ジャギョンに男の子が生まれた事を伝えました。マリアは、跡取りが出来て喜びました。しかしワンモが、子供は未熟児である事、ジャギョンが失語症になったことを伝えると心配しました。マリアがどうしてそんな事になったのかと聞くと、ワンモは、まだ仕事があるので、後でゆっくり説明すると言って家を出ました。

 病院から返って来たワンモは、もう隠しきれないと思い、マリアに会ってジャギョンの秘密を打ち明けました。ただし、偶然の出来事で、ヨンソンは何も知らなかった事にしました。そして、この事をスラが知ったら傷付くので、スラには内緒にして欲しいと頼みました。マリアは、スラの事を考えると分かったという事しか言えませんでした。翌日、マリアは病院にお見舞いに行きました。そこで見たのは、ジャギョンのあまりにも変わってしまった表情でした。マリアの事も覚えていない様子でした。そして、保育器に入れられているひ孫を見ると、無性に腹が立ち、その思いは秘密をばらしたベドゥクへと向かいました。マリアはベドゥクを自宅に呼び出して問い詰め、真実を知りました。マリアの怒りはヨンソンへ向かいました。何で、こんな事を仕出かしてくれたのかと…

 数日たって、手術の傷がいえたジャギョンは、退院してホンパの家に戻って来ました。しかし、失語症は治っていませんでした。ワンモは、まだ入院している我が子と、ジャギョンを懸命に看病していました。ジャギョンもワンモが夫と言う事だけは分かるようで、ワンモの側を離れようとしませんでした。

 次に帰国したのはランシルでした。ランシルが笑顔で家に帰って来ると、ジャギョンの姿形や様子を見て驚きました。ワンモがすべてを伝えると、恐れていた事が起きてしまった。この原因は、すべて私に責任があると言ってワンモに謝りました。ランシルが帰って来たと知ったマリアは、ホンパの家に押しかけて、何と言う事をしてくれたのかと怒鳴りつけて、つかみ合いの喧嘩になりました。今まで虐げられた心の屈折が一気に爆発しました。ランシルは、ただ謝るだけでした。

 そして、ヨンソンとホンパが帰国しました。ホンパが会社によるので、二人は別々の車に乗りました。ホンパは車の中からランシルに帰国した事を報告しました。するとランシルは、ジャギョンの秘密がばれた事を知らせました。ランシルはヨンソンに電話を掛けます。ヨンソンはマリアに電話をしたら来るように言われたので行く途中ですと言いました。ランシルは、ジャギョンの秘密がすべてばれたので、覚悟して行くようにと伝えました。ヨンソンは、恐れていた事が現実となって、ただ茫然と成りました。

 ヨンソンがワンモの家に着くと、スラは外出中でした。ヨンソンはマリアの部屋に会いに行きました。その姿は、憔悴しきっていました。マリアはヨンソンに、何と言うことを仕出かしてくれたのか…ワンモに自分の娘を嫁がせるなんて…と言って、怒鳴りつけました。ヨンソンは、ジャギョンには罪はありません…私が悪いのです…ジャギョンを許してください…と言って謝り続けました。その様子を外出から帰って来たスラが立ち聞きしていました。スラは、頭に血が上りマリアの部屋に入ると、ヨンソンを責め始めます。何ていうことをしたの…私は、生まれて来た子の父方の伯母なの…母方の伯母なの…世間が知ったら何と言うと思うの…私はいったいどうなるのと言って…ヨンソンは、ただ謝るしかありませんでした。しかし、これだけでは済みませんでした。マリアが、ジャギョンがショックで早産をした事、生まれて来た子は未熟児で保育器に入れられ、命が危ない事、ジャギョンが失語症になり、記憶を失い食事も自分で取れない事などを伝えました。ヨンソンは如何したらいいか分からずに、唯々茫然となるばかりでした。そしてスラが、追い打ちを掛けました。もう私に母親面しないで、最初から私には母親なんていなかったわと…ヨンソンは、立ち上がると放心状態で部屋を出て行きました。ヨンソンは、家を出る前にスラの部屋に行き、飾ってあったスラの写真入りの小さな写真立てを取ってハンドバックに入れました。

 ヨンソンは、車に乗ると泣き続けました。そして運転手に、子供は病院だろうし、嫁は?と聞きました。運転手は、いま息子さんは、病院から家に向かっているそうですと答えました。ヨンソンが家に着くと家政婦が庭を掃除していました。家政婦は、お帰りなさい…御祖母様は来客中です…息子さんは外出中です…と元気よく声をかけるのですが、ヨンソンは返事をする元気もありませんでした。

 ジャギョンは、部屋で一人テレビを見ていました。そこへヨンソンが心配そうな顔をして遣って来ました。ヨンソンとジャギョンは視線を合わせるのですが、ジャギョンの表情は、ただ茫然としているだけで、ヨンソンの事が分からないようでした。ヨンソンは歩み寄ってベットに腰を降ろしジャギョンと名前を呼ぶのですが反応はありませんでした。ヨンソンはジャギョンを抱き締めました。そして立ち上がると、洋服ダンスからコートを取り出してジャギョンに着せ、ジャギョンを連れ出しました。車の前まで来ると運転手に、私が運転すると言い、ジャギョンを助手席に乗せて出て行きました。

 ヨンソンがジャギョンを連れていなくなったので、周りは心配して探し始めますが、見つけ出す事が出来ませんでした。夜になるって、ヨンソンはジャギョンを連れて海の近くの料理屋にいました。ヨンソンは料理を注文すると二人きりになった部屋で、ジャギョンにスラの写真を見せて、あなたの妹スラよと言います。ジャギョンはスラの写真に視線を移しました。ヨンソンは、私があなたとスラを産んだの…だから、あなたたちは実の姉妹なの…信じられないでしょうけど本当よ…もう、嘘はつかない…私が許せないでしょう…ママにも事情があったの…私、如何したらいい…ワンモに会う自身がない…ワンモに嫌われたでしょう…と泣きながら話しかけました。しかし、ジャギョンの顔は無表情でした。ヨンソンは、注文していた料理が来ると匙でジャギョンに食べさせました。

 スラは泣きながら自分の部屋で寝ていました。ふと気付くと、飾っていたはずの写真立てがありませんでした。暫くして、ランシルが訪ねて来ました。そして、ランシルはマリアにヨンソンとジャギョンがいなくなった事を伝えました。スラは心配して、母が私の写真を持って行きましたと言います。

 ヨンソンは、浜辺に車を止めてジャギョンに話しかけていました。スラに子守唄を歌っても、殆ど最後まで歌う事が出来なかった…あなたの事を思い出して歌えなかった…スラの面倒は殆ど義母が見てくれたと…子どもは誰に似ているの…父親に似ていると好いけど…私は姑じゃなくて、あなたのママよ…でも、育てられなかった…それで、あなたを幸せにしたくて…ワンモと結婚させたのよ…明らかになって…私はみんなに、どう顔向けすればいいの…と泣きながら……その時、ジャギョンがヨンソンを見ると頭をヨンソンの肩に寄せて来ました。ヨンソンは、やっと、こうして抱きしめられたわ、私の娘…と言いました。ジャギョンの目から、一筋の涙がこぼれ落ちました。ヨンソンは、スラが私を異常だと…あなたもそう思う?…精神病院に送られたらどうしよう…スラは…面会に来ないは…と言います。ヨンソンは、ジャギョンを残して車を降り波打ち際に向かって歩きました。ジャギョンはヨンソンの後姿をじっと見つめていました。ヨンソンは砂浜に座り込むと、唯々声を出して泣きました。ジャギョンは、ヨンソンの姿とワンモを忘れる事が出来ずに海で自殺しようとした時の自分の姿をダブらせました。ジャギョンに記憶が戻り始めました。ヨンソンは天を仰いで、神様、過酷すぎます…どうして娘まで、無意識のまま出産する試練を?…罪は私が犯したのに…どうして娘を…戒めるのですか…娘には何の罪もないのに…と訴えました。

 ヨンソンは、ジャギョンを連れてホテルへ行きました。ホテルで同じベットに寝ると、ヨンソンはジャギョンに今まで歌う事の出来なかった子守唄を歌って遣ります。ジャギョンは、安心して寝付きました。その頃、家族のみんなが懸命になって二人の事を探していました。スラもどうか無事でありますように…と祈っていました。

 朝起きると、ヨンソンはジャギョンに洗顔をして遣ります。そして髪をとかし、一つにまとめて横結びにして、可愛らしい女の子のようにして遣ります。ヨンソンはジャギョンを抱き締めました。ジャギョンの顔に笑みが浮かびました。

 ヨンソンは、イリを呼び出していました。待合場所にイリが来ると、車を降りて、ジャギョンを家に送ってくれるように頼みました。自分は病院に行って、孫の顔を見て来るからと……ヨンソンはジャギョンに、家で待っていてね…と言います。しかしジャギョンは、ヨンソンから離れようとせずに、車から降りようとしました。ヨンソンは、イリが送ってあげるから…と言います。そしてイリに、出発してと言いました。車が出発すると、ジャギョンは後ろを振り向き、窓越しからヨンソンの姿をいつまでも見つめていました。

 車を運転しているイリにスラから電話が掛かって来ました。スラは、ママに何かあったらどうしよう…と言います。イリは、何かある訳ないだろう…さっき会った…お姉ちゃんを送ってくれと…言います。スラは驚いて、本当…と聞き返しました。イリは、ああ…お姉ちゃんも隣にいる…と答えました。するとスラが、お母さんはと聞きました。イリは、病院だ…と答えました。スラはホッとしました。その知らせは、直ぐに家族全員に伝わりました。みんなもホッと胸をなでおろしました。

 しかし、ここでまたまた運命のいたずらが起きました。ヨンソンの乗っているタクシーに、暴走トラックが真正面から突っ込んで来ました。タクシーの運転手は即死でした。ヨンソンは、かろうじて息をしていましたが、意識不明の重体でした。ヨンソンは、駆けつけた救急隊によって病院に運ばれて行きました。そして救急隊員は、ハンドバックの中から見つけた携帯を掛けました。ワンモが電話に出ると救急隊員は、携帯の持ち主が事故に合いましたと告げました。ワンモ達は、直ぐに病院に駆けつけました。

 ワンモ達が病院に着くと、ヨンソンはベッドに寝かされて検査の途中でした。医師は、骨折はありませんが、頭を強く打っています…検査をしないと何とも…と説明しました。

 検査が終わると、主治医がCTの画像を映し出し、説明を始めました。検査の結果によりますと…硬膜下出血と言いまして、脳内に出血が見られます…硬膜下出血は命にかかわりますので、一刻でも早く手術を受けなければなりませんと…するとランシルが、治るんですね?…と聞きます。主治医は、脳というものは、とても複雑なものでして…手術が成功しても後遺症がある可能性も…まずは患者の命を救って、術後の経過を見なければ何とも言えません…と答えました。ワンモが手術にかかる時間は、と聞くと、医師は四時間と答えました。するとホンパがお願いしますと言いました。

 ヨンソンを手術室に運んでいると、スラとマリアが駆けつけて来ました。スラはヨンソンの顔を見ると泣きながらお母さん…お母さん…と声をかけ続けました。スラは、ヨンソンと最後に別れた時に、感情に走って投げかけた言葉を後悔していました。スラはイリに抱きとめられます。手術室の前に着くと、ワンモがスラを抱き寄せます。ホンパはヨンソンの手を確りと握りしめました。ヨンソンは、看護師に連れられて手術室の中へ入って行きました。

 ヨンソンは、手術室の中で夢を見ていました。夢の中で、神様…まだ死にたくありません…孫の顔も見ていないんですよ…ワンモにも謝らなければならないし…何としてでも娘が喋れるようにして…一度でもママという言葉を聞いてから…死なせて下さい…お願いします…と言いました。

 ジャギョンは、一人で留守番をしていました。ベッドの上で膝を抱えながら、昨日の夜の浜辺で泣いていたヨンソンの姿を思い出していました。そして、自分が海で自殺をしようとしていた時の姿をダブらせていました。その時、家政婦が薬の時間だと言って遣って来ました。家政婦は、ベッドに腰を降ろしてジャギョンの髪形を見ると、みっともない髪形ねと言って、ジャギョンの髪に触ろうとしましたが、ジャギョンはそれを嫌って家政婦の手を跳ねのけました。母親に結んでもらった髪に、他人の手を触れさせたくないという思いが芽生えたのかも知れません。

 手術室の前でワンモ達が待っていると、家政婦に連れられてジャギョンも遣って来ました。ジャギョンを椅子に座らせるとワンモが、母さんが、ケガをして手術中だ…と説明しました。しかし、ジャギョンの表情は変わらずに、一点を見つめているだけでした。

 手術が終わると、執刀医が出て来て説明を始めました。最善を尽くしましたが、とても重症だったもので、患者の意識が戻るまでは何とも言えませんと……ホンパが、治る見込みはありますかと尋ねると、執刀医は、あまり期待されない方が…と答えました。それを聞いたスラは、気を失って倒れかけます。側にいたイリがスラを受けとめて遣りました。

 ワンモは、ICUでヨンソンに面会して手を握りながら、母さん、僕達の為にも目を覚ましてくれ…何があっても俺は諦めないから…絶対に死なせない…孫にお祖母ちゃんって呼ばれたいだろう…孫に会いたくないか…それに…ジャギョンのママっていう言葉も聞かなきゃ…悔しくないのか…もし死んだら…俺達は幸せになれない…どうか、頑張ってくれ…と、心の中で語り続けました。ワンモの目から一筋の涙が零れ落ちていました。

 意識を失っていたスラは、そのまま入院して点滴を受けていました。意識を取り戻すと側にはマリアとイリがいました。スラは、ヨンソンの事が気がかりで、マリアにママはと尋ねました。マリアは、集中治療室よと答えました。スラは起きようとしますが、マリアに止められます。イリもスラに、お前も病人だ…と言いました。マリアはスラに、泣かないで、神様を信じましょうと言いました。ワンモがICUから出て来ると、ホンパはワンモに疲れただろう、ここで二人で待つ必要はない。自分がいるから帰りなさいと言います。ワンモは、大丈夫ですと言って、椅子に腰掛けました。イリは、ICUのナースステーションに行って、娘が気絶したので、親の顔を見ていない。五分で好いから面会させてくれと頼み込みました。スラは面会できる事になりICUに入って行きました。

 スラは、ヨンソンの全身を見回します。そして、泣きながらママと呼び掛けました。するとヨンソンの手が微かに動きました。スラはヨンソンの手を両手で握るとまた、ママ…神様、どうかママを助けて下さい…私が悪かったから…これからは優しい子になります…ママだけ助けて下さい…と言いました。その時、心なしか、心拍と血圧を示す機械が息を吹き返すようなリズミカルな音を立て始めました。

 ワンモが家に帰ると、ジャギョンはベッドの上に座って待っていました。ワンモは上着を脱ぐと突然歌を歌い始めました。結婚前にふざけて歌った歌でした。しかしジャギョンの表情は変わりませんでした。ワンモは、ベッドに腰を降ろすとジャギョンを見つめながら、覚えていないか…寒い冬の日に俺が唄っただろう…口紅を塗ってた…笑っただろう…と言うと、立ち上がり鏡台に行き、鏡を見ながら口紅を塗って、その時のポーズを取ってジャギョンに近寄りました。でもジャギョンの顔は、きょとんとしているだけで、表情の変化はありませんでした。ワンモはジャギョンに話し続けます。結婚二日前に…ボートに乗った事は?…二日後には、同じ人生の船に乗ると…どちらかが船を下りない限り同じ運命だと…俺は約束した通り…一生懸命に漕いでいる…船が転覆する危険に見舞われたら協力して…乗り越えようと言ったじゃないか…思い出してくれ…俺だけは信じると言って置いて…これは何のマネだ…約束したなら…最期まで守れと…ワンモは感情が高ぶり涙声になって、懸命にジャギョンに訴えかけました。ワンモはさらに続けます。俺も辛い…辛くて死にそうだ…胸が張り裂けそうなんだ…頼むから、喋ってくれ…と、泣きながら訴えかけました。するとジャギョンの手が、ワンモの髪に伸びて行きました。ジャギョンは自分の指で、ワンモの髪の毛をすかしました。ワンモは、ジャギョンを見つめ、ジャギョン…ジャギョン…一言だけでいい…俺の事はいい…ママと…なあ…ママ…と、呼び掛けました。すると、ジャギョンの目から涙が流れ始めました。ワンモはジャギョンを見つめながら、母さんに…言ってあげるんだ…そしたら…目覚めるはずだと……ジャギョンの目からは、止めどもなく涙が流れていました。そして、小さいながらもすすり泣く声が…ワンモは、さあ…ママ…と呼び掛けます。するとジャギョンは、懸命に声を出そうと試みるのですが、うん…うん…と言葉になりませんでした。ワンモは、ジャギョンを抱きしめ、二人で泣きました。こうして、ジャギョンの回復の兆しが、少しではありますが見えて来ました。


 スラは、以前として病院に入院していました。目が覚めると、ワンモとジャギョンが結婚した当初の頃、ジャギョンが姉とも知らずにいじめていた事を思い出していました。アガシは、一般的にお譲さんっていう意味で、夫の妹は、エギシです…知らなかったの?…信じられない…と、まるで学歴の無いジャギョンをバカにしているように…また、ジャギョンが床掃除をしていると、スリッパの裏も拭いて下さい…と言って、自分の吐いているスリッパをテーブルの上に蹴上げたりした事を…さらに、嫁ぐ時、普通は数千万は用意するのに…貯金しなかったの?…と嫌味を言ったりした時の事を…スラは後悔していました。スラの目から涙が零れ落ちていました。そこへ、イリが花を持って遣って来ました。イリは、スラの涙顔を見て、一生分の涙を流す気か…と言います。スラは、自分がした事を後悔しているわ…と言います。イリは、完璧な人はいない…と諭しました。

 スラは、ヨンソンに面会に来ていました。ママ…辛いでしょ…ゆうべ一晩乗り越えてくれてありがとう…と呼び掛けると、両手でそっとヨンソンの手を握りました。スラは、また話しかけます。六歳の頃の記憶だけど…ママが韓国へ来て…私に…子守唄を歌ってくれながら泣いたの…覚えてる?…私が、なぜ泣くのと聞いたら…ママは、歌が悲し過ぎてと答えたわ…悲しいって何なのと聞くと…スラは意識の戻らないヨンソンの胸に手を置いて、ここが傷むことなのよと答えたの…私は…その時、触ってみたら何も感じなかった…でも…ママがなぜ泣いたのか…やっと分かったわ…やっとママの苦しみが分かったわ…私…今…胸が痛いの…ママは…頭が痛いでしょうけど、私は…胸が痛いの…お願い…ママ起きて…まずは目を覚まして…私を見て…お願いだからと…その時、ヨンソンはスラに気付いていたのか、目を瞑ったまま心の中で、スラ…私の可哀想な娘…必ず回復して見せるわ…神様が…私の最後の願いを叶えてくれるはずよ…泣かないで…泣くと胸が痛むわ…泣かないで…と言いました。その時、看護師が入って来て、もう時間ですとスラに伝えました。

 マリアは、保育器に入れられたひ孫を見て微笑んでいました。子どもは順調に生育していました。マリアはスラの病室へ行きます。スラは、病室のベッドの上で体を起こして考え事をしていました。スラはマリアに座ってと言います。マリアが座るとスラは、ママが回復したらまた叱るの?…私の為にもママを許してあげて…と言います。マリアは、許すも何も…と気の無い返事をします。スラは、そんなふうに言わずに、以前のように温かく接して…と言います。マリアは、周りが知るのは時間の問題だし、噂になるわ…と言います。するとスラは、人が何と言おうと気にしなければいいわ…と言います。マリアは、でも後ろ指さされたら…と言いました。スラは、構わないわよ…私は恐くない…と答えました。マリアが溜息をつくと、スラは、家族の健康と無事が一番だってやっと分かったの…お義兄さんでもかまわないわ…呼び方なんて形式的なものに過ぎない…重要なのは、愛する家族だってことよ…たった数十年の短い人生よ…怒るのはもっともだわ…でも、私を産んでくれた母親でしょ…お兄ちゃんにも大切な母親だし…とマリアを説得しました。

 ワンモの仕事が終わった頃に、ホンパから電話がありました。ヨンソンの意識が戻ったと…ワンモは直ぐに病院に駆けつけました。ワンモがICUに見舞いに行って、母さんと呼び掛けると、ヨンソンは目を開けてワンモを見ました。ワンモが、まだ痛むでしょ…と聞くと、ヨンソンは、大丈夫よ…あなた達の…苦しみや…心の傷に比べたら…かすり傷よ…と答えました。ワンモは笑みを浮かべながら、苦しんでない…あっ、スラが今、こっちに向かっている…エレベーターが込んでて、捻挫して入院したんだ…今日ほどうれしい日はなかった…母さんの意識が戻ったから…と言います。ヨンソンは、本当は…言いたい事があるでしょう…と聞き返しました。ワンモは、沢山あるよ…早く起きて、サムゲタンを…お母さんの料理が食べたい…と言います。ヨンソンが涙を流しているとワンモは、なぜ泣くんだ、笑ってくれ…母さん…母さん…と言うと、ヨンソンの涙を手で拭いて遣りました。そして、俺に、お義母様と言う呼び方は期待しないで…そうだ、様だけは付けてやるよ…お母様…泣かないで…早く治ってくれ…孫を抱いて、ジャギョンと遊びに行く為にも…と言いました。ヨンソンは、ごめんね…申し訳ないわ…と言いました。ワンモは、俺は、お母さんに感謝している…ジャギョンを産んでくれて…俺を大事に育ててくれたから…俺の大事な妻を産んでくれてとても感謝している…と言いました。ヨンソンは、心の中で、神様、これは夢ではないですよね?…まさか、ここは天国ですか?…と言います。ワンモは笑顔で、お母さん…心から尊敬し、愛してる…スラも愛してると…言いました。ヨンソは、唯すすり泣くだけでした。

 マリアは、自宅でスラと話しをしていました。母さんは当然、向こうの家で暮らすだろうしと……スラは、お祖母ちゃん…昔みたいに…みんなで、一緒に暮らしちゃダメ?…と聞きます。マリアは、無理言わないで…コブが一人いるのよ…と答えました。スラは、コブ?…と聞き返します。するとマリアは、理事長の事よ…と答えました。スラは、お姉ちゃんのお父さんよ…と言いました。マリアは不満そうな表情をしていました。

 暫くして、ホンパが訪ねて来ました。スラがリビングで挨拶をするとホンパは、お祖母ちゃんは?…と聞きました。スラは、眠ってます…三十分後には起きるかと…と答えました。スラはホンパに、夕食はお済ですか?…と聞きます。ホンパは、ああ…と答えました。スラは、病院で?…と聞き返します。ホンパは笑みを浮かべながら、ああ…と答えました。そして、歩けないで退屈だろう?…と聞きます。スラは、仕方ないです…病院に行けないのが残念だけど…お姉ちゃんにも会いたいし…と答えました。ホンパは、無理するな…と言いました。スラは、ママが退院したら、ここで暮らしちゃダメですか?…と聞きます。するとホンパは、私も考えてみたんだ…一緒に暮したらどうかなと…スラも、うちで暮らした事があるし…お祖母様と私の家へ…と言いました。スラは少し考えながら、そうですね…私は構いませんけど…と答えました。ホンパは、お祖母様には私が話して見る…と言いました。

 ホンパは、マリアが起きるとマリアの部屋で相談しました。横にはスラもいました。ホンパはマリアに、家も広いから…家族が七人もいたら、赤ん坊の世話は楽かと思います…と言います。するとスラが笑顔で、赤ん坊まで入れて八人家族です…と言いました。ホンパは、マリアの顔を覗きこむようにして、どうですか?…と尋ねました。マリアはスラの顔を見ました。スラはマリアの顔を見て頷きながら、そうしましょう…と言いました。マリアは渋い顔つきで、モさんが納得しないと思うけど…と言いました。

 ホンパと入れ替わりにランシルが来ていました。ランシルはマリアに、何を言うんですか、大歓迎ですよ…姉さん…私とヨンソンを哀れに思って許してください…一緒に生活を…と言います。するとマリアは、心配なのよ…と言います。ランシルが、何がですか…と聞き返すと、マリアは、嫌味を言うから…と言いました。ランシルは笑みを浮かべながら、私ですか?…もう二度と言いません…信じて下さい…今後は、言葉に気お付けるようにします…と言いました。するとマリアは、ぶっきら棒に、タンスを一つ貸して…と言います。ランシルは、全部貸します…ここの荷物を全部運んで下さい…と言います。マリアが吹き出すようにフンと笑うと、ランシルは、本当です…台所の隣の部屋を衣裳部屋にしますから…嬉しいわ…私が大事にしますから…仲良く楽しく暮らしましょう…一緒にひ孫を育てながら…と言いました。マリアは、深く溜息をつくと、ジャギョンが早く快復して、ヨンソンに…後遺症が無いといいけど…と言いました。

 ホンパは病室で、ヨンソンの寝顔を見ながらスラの言っていた事を思い出していました。スラはホンパに、あの…これからは…パパだと思います…お姉ちゃんのお父さんは、私のお父さんだからと…ホンパは、驚きと嬉しさの入り混じった表情をしていました。その時、ヨンソンがめを覚ましました。ホンパはヨンソンに、頭痛か…と聞きます。ヨンソンは、ひどくはないわと答えました。ホンパは時計を見て、薬の時間まで後10分ある…と言いました。すると、携帯のベルの音が鳴りました。スラからでした。スラは、私です…一般病棟に移ったと…と言います。ホンパは、ああ…話すか…と聞きます。スラが、はい…と答えると、ホンパは、ちょっと待って…と言うと、ヨンソンに、スラだ…と言います。そしてスラに、代わる…と言うと、携帯をヨンソンの耳元に添えました。スラは、ママ…と呼び掛けました。ヨンソンは、私の娘…と言います。スラは、まだ痛いでしょう…と聞きました。ヨンソンは、大丈夫よ…と答えました。スラは泣きながら、会いたいけど、足をけがしちゃって…と言います。ヨンソンは心配そうな声で、なぜ気お付けなかったの…と言いました。スラは、ママ…この間の私の言葉は全部忘れて…と言います。ヨンソンは、スラ…本当にごめんね…と言います。スラは、そう言わないで…私はママをとっても愛しているわ…と言います。ヨンソンは、知っているわ…ママもよ…と答えました。スラは、早く快復して帰って来て、会いたいから…ママにも会いたいし…お姉ちゃんにも会いたいの…と言いました。ヨンソンは、涙で何も言う事が出来ませんでした。

 

 ワンモとマリアは、保育器のある病棟の前にいました。いよいよ息子が退院する日が来ました。看護師が息子を抱いて病室を出て来ると、ワンモに手渡しました。ワンモはぎこちない手つきで、我が子を抱きました。ワンモの顔からは、笑みが零れていました。ワンモがマリアに子どもの顔を見せるとマリアは、保育器の中で寂しかったでしょう…と話しかけました。

 ホンパの家では、ランシルがジャギョンに話しかけていました。もうすぐ息子が来るわよと…しかし、ジャギョンは無表情でした…ランシルは、ジャギョンの手を取ると両手でさすりながら、あなたの妹とワンさんと…みんなで暮らすことにしたの…と言います。

 ジャギョンは、ベッドに寝転がって、一人で考え事をしていました。ヨンソンが夜の浜辺に座り込んで泣いている姿と、以前自分がワンモと別れようとしても別れきれずに泣きながら海で自殺しようとした時の姿をダブらせていました。ジャギョンは悩んでいました。ベッドから起き上がると、眉間には皺が寄っていました。向こうの棚に飾ってあった、ワンモとの結婚写真を見つめていました。しかし、それが快復の兆しのようにも見えました。二人の結婚式の映像が、脳裏によみがえり始めました。ジャギョンは、険しい表情をして立ち上がりました。そして両手を合わせ祈り始めます。

 ジャギョンがベッドに座って、苛立ちながら考え事をしていると、ワンモが息子を抱いて部屋に入って来ました。ランシルがジャギョンに、我が家の宝物よ…と言います。ワンモは、ジャギョンに歩み寄って、息子を抱いたままベッドに座りました。その横には、ランシルとマリアもいました。ワンモが息子を差し出すとジャギョンは自ら手を出して息子を抱き締めました。ジャギョンは、我が子の顔をじっと見つめていました。すると、ジャギョンの脳裏に楽しかった日々の思い出が蘇りました。そして、ベドゥクに秘密をばらされて放心状態になった時の事も蘇りました…様々な思い出が蘇り始めました…ワンモは、そんなジャギョンをじっと見つめていました。するとジャギョンが片言で、赤ちゃん…赤ちゃん…と声を出しました。ワンモは、そう、赤ちゃんだ…お前が産んだ息子だ…と声を掛けました。ジャギョンはワンモを見ると頷きました。その目からは、涙が零れ落ちていました。ランシルとマリアは、それぞれ私が分かると聞きました。ジャギョンは、涙目で二人を見つめていました。そして、我が子に頬ずりしながらすすり泣いていました。その様子を見ていたワンモの目からも涙が零れ落ちていました。ワンモはジャギョンに、無理して喋らなくてもいい…ゆっくり…泣くな、赤ちゃんが悲しむぞ…と言うと、手でジャギョンの顔を拭いて遣りました。ジャギョンが何か話したそうにしているとワンモは、どうした…と聞きます。するとジャギョンは、お義母様…と言います。ワンモは、母さんか?…具合が悪いんだ…と言います。するとジャギョンは、何か喋りたい様子でしたが、言葉がなかなか出て来ませんでした。ワンモは、ジャギョン、俺を見ろ…母さんの事を全部知っているんだろう…お義母さんから聞いた…と聞きました。ジャギョンは、大きく頷きました。ワンモは、ジャギョンの目を見ながら、みんなも知っているし、受け入れた…難しく考えるな…母さんの立場では、そうするしかなかった…それに俺達は、必ず結ばれる運命だったんだ…だろう?…だから…みんな一緒に暮らすことにした…この家で…と言いました。するとジャギョンが、本当に?…と聞きました。マリアとランシルが泣きながら、ええ、本当よ…と答えました。マリアが、明日、私とスラが引っ越すの…と言いました。ジャギョンは泣き続けました。ワンモは、ジャギョンから息子を受け取ると、スラは、お前の妹だろう…お姉ちゃんが泣いてどうする…妹のスラは、お前と暮らすのを楽しみにしているんだ…と言いました。ジャギョンは、泣きながら大きく頷きました。するとマリアが歩み寄って、ジャギョンの腕を握って、そうよ…泣かないで…母親を探したのよ…喜ばなきゃ…と言います。ジャギョンはワンモに手を差し出して、我が子をまた受け取りました。そして、じっと見つめていました。その様子を見てワンモが、俺の名前を呼んでくれ…と言います。ジャギョンは、ワンモを見つめながら、ゆっくりとワン…モ…と言いました。するとワンモが、あだ名は…と聞きます。ジャギョンは泣き笑いの顔で、ドルセ…と答えました。ワンモは手で、ジャギョンの涙を拭いて遣りました。その様子を見て、ランシルがマリアに、出ましょう…と声を掛けました。二人は部屋を出て行きました。ワンモは、我が子を抱いているジャギョンを軽く抱きしめました。

 それから二人だけの会話が続きました。ワンモはジャギョンに、俺がどれだけ心配したか…と言います。するとジャギョンが心配そうに、どうなるの?…これから…どうしたらいいの?…と尋ねました。ワンモは、母さんにか?…と聞き返しました。ジャギョンは、頷きました。するとワンモは、大事にするんだ…そうすれば、母さんもすぐに快復出来る…と言いました。ジャギョンは心配そうに、何処が悪いの?…と聞きます。ワンモは、手術を受けた…と言います。そして、手を差し出して、赤ちゃんを受け取りながら、赤ちゃん、お腹がすいているはずだ…ゆっくり、すべてを話すから…と言いました。二人は、我が子を挟んで幸せそうに向かい合っていました。

 ホンパはヨンソンのベッドの横に座っていました。そこにランシルから電話が入ります。ホンパは電話を聞いて、喋った?…と聞き返します。ランシルは、少しだけどね…と答えました。ホンパが、記憶は?…と聞くと、ランシルは、戻ったから喋ったのよ…と答えました。ホンパは嬉しそうに、何よりだ…と言いました。ランシルは、ええ…と答えました。ホンパは、分かった…と言うと電話を切り、ヨンソンに、ジャギョンが喋ったそうだ…と伝えました。ヨンソンは複雑な表情で、恨まれたら…どうしよう…と言いました。

 ランシルの部屋では、マリアとランシルが話しをしていました。マリアは、スラが喜んでいる様子でした…実の姉が出来て…と言います。ランシルは、笑みを浮かべながら、何よりです…と言いました。そこへワンモが入って来ました。ランシルはワンモに、ミルクは?…と聞きます。ワンモは座りながら、飲ませました…と答えました。ランシルはマリアに、早く戻って荷造りをして下さい…と言います。マリアは、そうね…と答えて立とうとすると、ワンモがマリアの腕を握って、その必要はない…と言いました。マリアは座りなおしてワンモを見ながら、どうして?…と聞き返しました。ワンモは、ジャギョンが家に帰ろうと…言います。するとランシルが不思議そうな表情で、どうして?…と聞きました。ワンモは、混乱しているらしい…整理がつくまで向こうの家に…と答えました。ランシルは沈んだ表情を見せました。ワンモはランシルに、ジャギョンにも時間が必要です。御理解を…と言いました。ランシルは仕方がないという表情で頷きました。マリアも折角上手くいきそうだったのにと思ったのか、表情を曇らせていました。ランシルは俯きながら、忘れてたわ…大人のせいで…私のせいで…実の母親と別れて…辛い人生を送ったのに…怨まれて当然ね…実の父親と知って喜ぶより…怨んでしまうのは当り前よ…と言いました。するとマリアが、根が優しいから直ぐ許すはずです…と慰めました。ランシルはワンモに、私の顔も見たくないと言っているでしょう…と聞きます。ワンモはランシルに視線を合わせると、それは違います…と答えました。ランシルは悲しそうな表情で、ホンパが落ち込むわね…と言いました。するとマリアが、ワンモに視線を合わせて、ヨンソンには会うと?…と聞きました。ワンモは頷くだけでした。ランシルはワンモを見て、いつ行くの?…と尋ねます。ワンモは曇った表情で、それが…今日です…と答えました。ランシルの表情が悲しそうでした。それを見かねたマリアが、食べ物も無いわよ…と言います。するとランシルが、うちから持っていって下さい…わかめスープもあります…と言いました。ワンモは、何とも言えない表情をしていました。ランシルの目には涙が溜まっていました。

 夜になって、ホンパは車で帰宅の途中でした。車の中でランシルからの電話を思い出していました。ジャギョン達が、今日、出て行くそうよ…と言う言葉を…ホンパの顔は、寂しそうで、複雑な表情をしていました。

 ホンパの家では、ランシルが一人でリビングに座っていました。その後ろでは、家政婦が懸命にジャギョンの荷物を運んでいました。ワンモとジャギョンの寝室では、ジャギョンはベッドに腰を降ろして、我が子を抱いていました。その横では、ワンモが荷物の整理をしていました。

 ジャギョンがワンモに、正直に教えて…お義母様に何かあったの?…と尋ねます。ワンモは手を休めてジャギョンに視線を合わせ、今は大丈夫だ…と答えました。ジャギョンは心配そうな表情で、帰る途中にちょっとだけ病院によって…と頼みました。するとワンモは、今は母さんが無理だ。喋るのもやっとで…と答えました。ジャギョンは泣きそうな顔で、そんなに重傷なの?…と聞きました。ワンモは、ジャギョンに歩み寄ると腰を屈めて、ジャギョンの両膝の上に手を置いて、お前が治ったら直ぐに快復する…お前も安静が必要だ…子どもの世話で、一週間なんて直ぐだ…と諭しました。そこへ、荷物を持ってマリアが部屋に入って来ました。マリアは荷物を降ろしながら、着替えだけまとめなさい…と言います。ワンモがはいと答えました。マリアはジャギョンを見ると、どうしてまた泣くの…体に障るわよ…と、声を掛けました。ワンモが心配そうに、病院へ行くと…と言います。マリアは、ジャギョンに視線を合わせると、病人の為に我慢しなさい…と言いました。ジャギョンは、仕方なく頷きました。

帰宅したホンパがリビングに入って来ました。リビングにはランシルが一人でポツンと座っていました。そこへ、赤子を抱いたマリアを先頭にして三人が二回から降りて来ました。ランシルは、肩を落としながら立ち上がり、三人の処へ歩み寄りました。ホンパの表情は寂しそうでした。ワンモが、ランシルとホンパに、こんな形で出てしまい、申し訳ありません…と挨拶をしました。ジャギョンは、何か言おうとするのですが、言葉が出なくて何も言わずに家を出ようと振り向きました。その時ホンパが、ジャギョン…一言だけ…と、話しかけました。ホンパの目から涙が零れ落ちていました。ジャギョンは、また振り向き直しました。ランシルが、必ず、また会えるわよね?…と話しかけます…ジャギョンは視線を上げて二人を見ました。ランシルは、ママとパパには責任はないは…すべて私のせいなの…私が謝るわ…許して…と言いました。ジャギョンの目からも涙が零れ落ちていました。ジャギョンは、やっとの思いで話し始めます。30年の歳月です…今すぐは…私は大丈夫です…でも…ママの人生は…記憶を失うくらいのショックだったんです…と言います。ランシルは泣きながら、ホンパの肩に手を置きます。ホンパは、俯きながら黙ってジャギョンの話を聞いていました。ジャギョンはさらに、ゆっくりと話し続けます。私も母になって分かりました…子どもに対する母親の愛情がどれほどなのか…自分の子供の…消息も知らずに数十年も…その心境が…分かりますか?……私もとても辛かったし…とても会いたかったです…今までの歳月が、私を冷たい人間に…したみたいです…何事も…無かったかのように…お二人に接する事が出来ません…あまりにも混乱して…と言いました。ホンパは、頬に涙を流しながら唯一言、許してくれ…と言いました。周りにいる全ての者が泣いていました。ジャギョンは、とにかく…努力します…と言いました。ランシルは泣き声で、私のせいで…と言うと、ひ孫の顔を覗きこみました。三人は、静かにホンパの家を出て行きました。ランシルは泣き続けました。ホンパは、悲しさと寂しさをじっと我慢して耐えていました。

スラは、家のリビングで一人待っていました。スラの脳裏には、過ぎ去った出来事が蘇っていました。ヨンソンが、指輪しないの?…と聞くと、うん…メイクの人もしているから…と答えました。ヨンソンが、それがイヤなの?…と聞くと、拗ねた表情で、気が乗らないだけよ…同じ物はしたくないのが女よ…と憎たらしく答えました。

その時、門のベルが鳴りました。スラは、松葉杖を手にすると立ち上がり、セキュリティーシステムを解除しました。ジャギョンはマリアに支えられて、玄関の階段を登っていました。その後ろには、ワンモが我が子を大事そうに抱きかかえていました。マリアはジャギョンに、ゆっくり歩いてね、転んだら大変だから…と声を掛けました。ジャギョンは頷くと、ゆっくり歩きました。スラは、リビングの入口のドアの前で、不安と期待に駆られて立って待っていました。その時、玄関に四人が入ってくる音がしました。

マリアは、後ろを向くとワンモに手を差しのべながらちょうだい…と言います。ワンモは、大事そうに赤ちゃんを渡しました。スラは、一つ一つの音に反応しながら、不安そうに立って待っていました。マリアが赤ちゃんに、寒かったでしょう…と声を掛けながらリビングに入って来ました。その横に、ワンモが荷物を持って付き添っていました。二人はスラの横を通り過ぎて行きました。スラはじっとジャギョンが入って来るのを待っていました。ジャギョンがリビングに入って来ると、スラの視線とジャギョンの視線が重なりました。二人はじっと見つめ合います。そして、一歩一歩、歩み寄ります。二人は自然に胸と胸を合わせました。姉妹と分かって初めての対面でした。二人は抱きしめ会いました。二人の目からは涙が零れ落ちていました。ワンモとマリアがその様子をじっと見つめていました。スラはジャギョンに、お姉ちゃん…ごめんなさい…と言います。ジャギョンは、声を詰まらせて、唯首を振ることだけしか出来ませんでした。そして、やっとの思いで、妹がいる友達が…うらやましかったわ…と言います。その顔には笑みが浮かんでいました。スラも、私もお姉さんがいる子が…と、後は言葉になりませんでした。


スラは、ベビーカーに乗せられている甥っ子を物珍しそうに見つめていました。そして、指で甥っ子のホッペタを触ろうとしました。側にいたマリアが、起きちゃうわよ…と注意します。すると、満面の笑顔でマリアを見ながら、可愛い…と言いました。マリアは、自分の子どもはもっと可愛いわ…と言って笑いました。

 ジャギョンは、寝室で布団の上に座って物思いにふけっていました。その表情は硬く、不安に満ちていました。まだまだ、疑心暗鬼が続いているようでした。そこへワンモが入って来ました。ジャギョンはワンモに座って…と言います。ワンモはおどける様に、はい、奥様…と言うと、ジャギョンの真正面に座りました。ジャギョンは不安そうな表情で、正直な気持ちを聞かせて…今は…私に気を使って…自分の気持ちを出していないんでしょう…と聞きました。ワンモは真剣な表情で、そんな事はない…俺がどれだけ嬉しいか?…独り言の毎日だったから…と答えました。それでもジャギョンは不安そうに、人の気持ちは…みんな一緒だと言うでしょう…数カ月後に…私、離婚されるの?…と聞きます。ワンモは、ジャギョンの目を見つめながら、なぜ…と聞き返しました。ジャギョンは言い辛そうに、愛相を尽かしたから…と言います。ワンモは、誰に?…と聞き返します。ジャギョンは答える事が出来ませんでした。ワンモは静かに、意味は分かるけど、それはない…俺は、お前に面目なかった…事実を知って…母親の愛情を俺が一人占めしちゃって…申し訳なかった…お前にすべて打ち明けて…謝りたかった…と言います。するとジャギョンの目から涙が零れ始めました。

 ワンモは、さらに話し続けます。目のホコリも…お前じゃなく、俺が取ってもらって…童話を読んでもらって…捻挫したら…マッサージをしてくれた…すべて、お前に注がれるはずの愛情だった…俺が幸せだった時…お前は苦労を…俺が勉強しているとき…お前は、思いメイクバックを持って走り回っていた…本当に…すまない…と言いました。ジャギョンは、ワンモを見つめながら黙って首を横に振りました。涙が止めどなく頬を流れ落ちていました。ワンモは、一生…大事にしながら…お前に償う…と言いました。ジャギョンは、一種の…責任感で…私の側に?…と聞きました。ワンモは、真剣な表情でジャギョンを見つめながら、そうじゃないのは分かるだろう…と答えました。ジャギョンは頷くと、責任感だとしても構わないわ…離婚届を持ってきたら…破いてやる…私…絶対に…別れないわよ…イヤだから…もう私は一人じゃないの…私たちの…子供に…寂しい思いはさせたくない…と言いました。ワンモはジャギョンを抱きしめます。そして、離婚何か考えるな…別れないぞ…お前が別れようと言い出したらと…心配していたんだ…逃げたら、地球の果てまで追い掛けるぞ…結婚の前に言っただろう…同じ船に乗って…船が難破する危機に見舞われたら…一緒に乗り越えようと約束しただろう…この程度で離婚だと?…ふざけるな…と言いました。ジャギョンは、ありがとう…と言いました。ワンモは、こっちの台詞だ…と答えました。二人は、体を離して見つめ合います。ジャギョンは、泣き笑いの表情で、世の中で…私が一番幸せだと思う…と言いました。ワンモも頷きながら、俺もだ…二人で、俺達の息子を…幸せに育てよう…なあ…と言います。ジャギョンは笑みを浮かべながら頷きました。ワンモは手で、ジャギョンの頬の涙をそっと拭いて遣りました。そして、まったく…こんなによく喋るのに…辛くなかったか?…と聞きます。ジャギョンは、ただ微笑むだけでした。ワンモはまた、ジャギョンを抱き寄せました。二人とも幸せそうに抱きしめ合っていました。


 ジャギョンが、ワンモの家に帰って来て一週間がたちました。ジャギョンとワンモは、ワンモの運転する車で、ヨンソンの入院している病院にお見舞いに行きました。ジャギョンは、ワンモに支えられながらゆっくりと廊下を歩いていました。ジャギョンの脳裏には、ヨンソンとの思い出が蘇っていました。店でヨンソンに初めてメークをする映像が…その時突然、ヨンソンが泣きだした姿が…ヨンソンが両手でジャギョンの手をさすりながら見つめてくれた時の姿が…登山に行って一緒に写真を撮った時の姿が…ジャギョンが入院した時に、優しく看病をしてくれたヨンソンの姿が…何時しかジャギョンの目から涙が零れ落ちていました。

 ジャギョンは、ヨンソンの病室の前に来ると立ち止りました。ワンモがドアを開けようとするとジャギョンは、待って…と言います。そして後ろを向くと、涙を手で拭きました。ワンモは心配そうにジャギョンに寄り添いました。その時、部屋から付き添いの伯母さんが出て来ました。伯母さんはワンモに、こんにちは…と挨拶をしました。ワンモは、一人ですか…と聞きました。伯母さんは、はい…お祖母様が来てました…と答えました。

 その時ヨンソンは、ベッドの上で体を起こして、じっと何かを考えているようでした。ジャギョンとワンモが部屋に入って来ても、暫くは気付きませんでした。ヨンソンがふと入口に目をやると、そこには涙を流しながらヨンソンを見つめて立っているジャギョンの姿がありました。ジャギョンは何も言わずにゆっくりと歩み寄りました。ヨンソンは、そのジャギョンの姿を確りと見つめていました。ジャギョンは、ヨンソンの頭にしている白いネットを触ると、手を下に移して頬にも触りました。ジャギョンはベッドに腰を降ろすと、そっとヨンソンに近づき抱きしめました。二人のすすり泣く声だけが聞こえていました。ジャギョンは、心の中でママ…と言いました。ヨンソンも心の中で、私の娘よ…と言います。ジャギョンは、温かいわ…とても恋しかったわ…と言います。ヨンソンは、あなたも、ついに母親になったわね…と、二人の声なき会話が続きました。そしてジャギョンは、ついに言葉を発しました。ママ…ママ…と、するとヨンソンも泣き声で、ジャギョン…ジャギョン…と呼びました。ジャギョンが、ママ…と言うとヨンソンが、私の娘よ……ジャギョン…と答えました。ワンモは、二人の姿を黙って見つめていました。

 その時、ホンパが部屋に入って来ました。ヨンソンは、ジャギョンと抱き合って頭をなでながら、あなたは、私の娘よ…ジャギョン…と言いながら泣いていました。二人の姿を見つめていたホンパは、居た堪れなくなったのか、遠慮して部屋をそっと出て行きました。ヨンソンとジャギョンは、抱きしめ合って泣き続けました。ヨンソンが、ママを許して…と言いました。


 ベドゥクが、車の中からワンモの家の門を見つめていました。門の横には、行商の果物売りのトラックが止まって客を相手していました。その時、ワンモの家の門が開き、家政婦が子供を背負って出て来ました。ベドゥクの視線が、家政婦に背負われた子供に注がれました。家政婦は、行商のトラックの前に立つと、果物を手に取って匂いをかいでいました。ベドゥクは、自分の初孫を一目見ようと車から降りて歩み寄りました。しかし、マリアが門から出て来ると逃げるように物影に隠れました。マリアは、家政婦に歩み寄ると、スイカも…と言います。家政婦は、マリアに、はい…と答えると、行商の叔父さんに、スイカもくださいと言いました。マリアが家政婦に、子供を…と言うと、家政婦は、子供をおんぶする帯をほどいて、お祖母様よ…と言います。マリアは、子供が落ちないように大事に手を添えながら受け取り、よしよし…と言いながら抱き抱えました。ベドゥクは、その様子を遠目から羨ましそうに見つめているだけでした。ベドゥクは、寂しそうに車に乗りました。

 イリはスラに、二年待ってて欲しいと伝えていましたが、二年も待たずにスターになっていました。一時期のチョンハのように、出迎えのファンが大勢待ち受けていました。これで、大威張りで、スラと結婚が出来そうでした。

 ワンモとジャギョンは、ワンモの漕ぐボートに乗っていました…バースデーケーキに蝋燭を灯し、仲良さそうにボートを漕いでいました。…ワンモが、神様…私は愛する者と…末永く…健やかに…離れることなく…山が無くなり、川が干からびても…冬に梅雨が来て、夏に雪が降っても…天地が一つになっても…私は愛する者と別れません…と心の中で誓いました。最後に、ボートを漕ぎ止めると、ワンモとジャギョンがバースデーケーキ越しにキッスをするシーンで、この物語は終わりを告げました。

 ジャギョン・ワンモ・マリア・スラ・イリ・二人の息子…それぞれが幸せになっていました。ヨンソンとホンパ、そしてランシルは、エンディングには出ていませんでしたが、ジャギョンやワンモの性格からして、それなりに幸せに暮らしていると思います。ただ、ベドゥクと意地の悪いイリの双子の妹イェリだけは、寂しい人生を送っているようでした。

 長々とあらすじを書きましたが、CM抜きの50分ドラマ、全85話という、現代の日本では考えられないような膨大なドラマでしたのでお許しください。最後の方は、ついついセリフを起こし過ぎてしまいました。申し訳ありませんでした。



 このドラマを見終えて、最初に思った事は、ああ…面白かったの一言でした。韓流ドラマらしく、ハラハラドキドキの連続でしたが、最後には、家族全員が、それぞれ治まるところに収まって、溜飲も下がって、めでたしめでたしのドラマでした。しかし、よくよく考えてみると、これが韓国文化だ、という前提で見ていたから面白かったのだと思います。日本人の私には、こんなに重たく考えるべき事なのかと、どうしても思わざるを得ませんでした。もっと、気楽に考えるべきではと思いました。私は、日本と韓国は、同じ儒教をベースにした、考え方の近い国と思っていましたが、これが日韓の違いかと、まざまざと思い知らされました。

 確かに、ジャギョンとワンモは、義理の兄妹になるのかもしれません。しかし、血は繋がっていないのですから、結婚しても何の差し支えも無いと思います。形式だけに捉われていては、人間は幸せになれないと思います。仮に、ジャギョンとワンモが、幼い時から兄妹として育てられていたのなら、日本人の私でも結婚は許しません。しかし、そうではないのですから…ジャギョンとワンモは、別々のまったく違った環境で育てられたのですから、赤の他人と言っていいと思います。結婚をした後に知ったことなのですから…その上、母のヨンソンの戸籍に入れる前に、養子に出されているのですから、法律的にいっても、まったくの赤の他人です。ヨンソンが、ジャギョンの母親だと知っているのは、家族や周辺のほんの数人しか知らない事なのですから、黙っていればバレル事は決してないと思います。周辺の者は黙るべき事なのです。ベドゥクのような悪賢い人間こそが責められるべき事なのです。

まあ、よその国の文化ですから、日本人の私がとやかく言うべき事ではないと思いますが、韓流ドラマの秋の童話にも、これと近い事が描かれていました。出産時に産婦人科で赤ちゃんを取り違えられ、中学生になって交通事故に遭い、手術前の血液検査によって、そのことが判明する。兄妹として育てられた二人は、強引に引き裂かれ別々の生活を送ることになりました。大人になった二人は、偶然に出会い、いつの間にか愛し合うようになったのですが、父親に反対され、一度は別れることになります。しかし、どうしても忘れる事が出来ずに、二人は愛し合うという物語でした。そして、兄だった青年の家は裕福で、妹だった女性の家は貧乏でした。この手のドラマが、韓国で視聴率を取るという事は、韓国内に矛盾を抱える考え方があるという事につながると思います。韓国は、儒教の国とも言います。儒教の考え方が、現代にそぐわない部分があるとするならば、改めるべきではないでしょうか。改めるに憚ることなかれとも言います。カトリックでは、地動説を唱えたガリレオを破門しました。それから350年後、過ちを認め、ガリレオに謝罪し、破門を解きました。伝統宗教には、必ず一部分に過ちが見つかるものです。過ちは認めるべきです。認めたからと言いて、伝統宗教全体の価値が下がるという訳はありません。改めるに憚ることなかれです。

ちなみに、日本の法律では、三親等以内の親族(父母・兄弟姉妹・叔父叔母)とは結婚できません。又は直系の親族とは結婚できません。四親等(従兄弟姉妹)から結婚できます。これは、ドラマでワンモがジャギョンに言っていましたね。日本では昔、従兄弟同士で結婚していたと…ただし、現在では従兄弟同士で結婚することは、まずありません。それはなぜか、遺伝の問題です。当り前の事ですが、日本国民は殆どが知っています。遺伝上問題があると…

また、こういうケースもあります。ものまねの三代目江戸家猫八さんの後妻の妹と、三代目の長男で、四代目江戸家猫八(初代江戸家子猫)さんは、結婚をしています。笑い話ですが、子供にお祖母さんと呼ばせるべきか、伯母さんと呼ばせるべきかと迷うと…日本中の誰もが知っている話です。御家族は幸せに過ごされ、御一家で伝統芸能を守り続けられています。

 ところで私は、このドラマで、どうしても納得できなかった事があります。それは、ベドゥクの心変わりです。ワンモに脅かされたからと言って、あんなに豹変出来るものなのでしょうか。ジャギョンを虐めるだけ虐めぬいて…一歩引いて、自分が悪かったと反省するのは理解するとして、血の繋がってもいない初孫を抱きたいという欲求が出るものなのでしょうか…おまけに、遠目からマリアがひ孫を抱く姿を羨ましそうに見るものでしょうか…私には考えられません。それどころか、初孫を見に行くことや、ジャギョンの家に近づくこと自体が、恥ずかしくて出来ない事だと思いました。これが、韓国の人の一般的考え方なのでしょうか。不思議でたまりませんでした。

 それから、このドラマを見て、もう一つ気付いたことがあります。西洋の人から見て、日本人の宗教観には節操がないとよく言われますが、その日本人の私から見て、韓国の人の宗教観には首を傾げざるを得ませんでした。たぶん、ク家の宗教は、プロテスタントのキリスト教だと思います。それは、ヨンソンや家族の言葉に牧師さんという言葉がよく出て来るからです。また、ヨンソンが神様にお祈りする時には、両手を組んで、キリスト教徒がよくするスタイルでお祈りをしていたからです。また、マリアの名前自体が、洗礼名か、聖母マリアから取られたものだと思います。伝統的な韓国の女性の名前に、マリアというような名前は無かったように思うからです。

 そのマリアが、仏教の伝統的な古式の礼拝方式で毎日礼拝をしていました。健康の為とは言っていましたが…スラに至っては、結婚の願掛けにお寺に行って、仏像の前で古式の礼拝を何度も繰り返していました。何と節操のないことか…

また、ヨンソンが遣ったことは、韓国の一般社会では、決して遣ってはいけないことかもしれませんが、ヨンソンが悔い改めているのに、マリアがあそこまで叱りつけることは、決して一般的なキリスト教的考え方ではないと思いました。キリスト教徒ならば、形式よりも中身にこだわると思ったからです。韓国のキリスト教の中には、他の宗教の影響が入り混じっているのだなあと思いました。

 そう考えながらドラマを見ているうちに、ふと思い当ることがありました。統一教会(世界基督教統一神霊協会)も、キリスト教と称していたと…そして、発祥の地は韓国だったと…統一教会の是非は、ここでは避けるとしても、やはり儒教的考え方や、韓国土着の呪術の考え方が、他の宗教に影響を与えているのだなと悟りました。

 最後に、もう一度言います。それでもこのドラマ、「神様お願い」は、本当に面白かったですよ…長かったけど、飽きることなく見させてもらいました………